男はベッドの端に腰掛け、眠る祖父を見下ろしていた。僕は悲しかった。祖父が
ボケたほうがまだマシだと思っていたのだ。君があの、と声をかけて、男はよう
やく振り返る。髪と同じ色の瞳。腹の穴。祖父の話どおりだった。
祖父から男の話を聞いたのは一週間前で、私はそろそろ死ぬからと前置きしての
告白をしかし僕は最初聞き流していた。祖父の介護と大学とバイトで疲れはてて
たのだ。半分寝ながら戦争とか実験とか、政府の研究機関とか兵隊の再利用とか
死体を集めてとか、ああとうとうボケちゃったかと思いながらそんなのを聞いて
いた僕はしかし、お前の父さんと母さんを殺したのはあの子で、という言葉に目
を覚ました。
祖父の言うあの子とはいわゆる人造人間らしい。死体のきれいな部分だけを集め
てつなげて電気を通して、そうやって出来た意識あるもの。人の形をした、人でな
いもの。心のないもの。人になりえないもの。祖父は、その不老不死の兵士をたった一人で造りあげた。完全で最高の兵器。しかし結局、それを実用化に移すことはできなかった。勝手な行動や、命令違反をするようになったからだ。そして殺処分が決まった翌日、そいつは研究所を逃げ出した。追手をかわしながらあちこちで人を殺し、傷付け、最後には祖父の
妻を殺しにきた。そしてその時は偶然助かった息子、つまりは僕の父も、ついで
に母も僕が5歳のときに殺された。当然だろうと思う。当時の僕も、罰が当たっ
たんだと思っていた。子どもを愛さない罰が当たったんだと。
「殺さないのか?」
僕は、何故、という思いで尋ねる。僕は許せなかった。僕でも許せなかったのだ。勝手に生み出されて利用されて。名前もつけられない、ただの道具でしかなくて。最後にはゴミみたいに踏み潰される。それから逃げても結局誰からも愛されなくて受け入れられなくて、ずっと一人で。
諸悪の根源は自分のことなんて思いだしもしないまま、のうのうと長寿をまっと
うして。僕なら。そいつが、その老いさらえた体を目の前で無防備にさらしてい
るなら。
「殺さないのか…?」
僕の問いかけに男は一瞬僕を見たが、すぐに視線を戻してしまう。そして黙って彼の白い髪に少しだけ触れ、俺の父親だったと、小さく呟いた。最後に彼にかがみこんで、干からびた耳に何かを囁いて部屋を出て行く。風が通るみたいに一瞬のことだった。僕はなんだか力が抜けて、その場にしゃがみこんでしまう。そんなのあんまりじゃないか?
目を覚ましたらしい祖父が何か呟いている。ぼんやりと天井を見上げながらぶつぶつとうめくその姿は醜悪で滑稽で、僕は笑おうとしたが失敗してしまう。それってあんまりだ。
のろのろと立ち上がり、ベッド脇の窓を閉めながら祖父を見下ろす。最低な人間
。今は僕の枷でしかない老いた汚らわしいもの。そいつがぼんやりとした目で僕
のほうを見上げ、不明瞭にまだ何かを呟きつづけている。何、と冷たく言い放つ
と干からびた口を僅か開き、名前を、と呟いた。
「名前を考えたんだ」
あの子に。そう言って咳き込んだ祖父を無視して僕は部屋を飛び出した。まだい
てくれ。扉が閉まる寸前、掠れた声がグリムジョーと呟くのが届く。彼がま
だ近くにいますように。戻ってきますように!君は名前をつけてもらえる。名前
をくれる、あいつが!
廊下の障子を開け放つと月明りの庭に彼がいて、何も言う暇を与えず僕の腹
に腕をつっこんだ。やっぱりこれだけは許せない、そう言って引き抜かれた腕は真っ赤で、僕の腹には穴があいた。彼は泣きそうな顔をしていて、あんまり可哀相だったせいか涙が出てきた。全部遅すぎた。
こうして老人の血縁者は絶え、老人自身もその三日後だれにも看取られず一人きりで死んだので、あの異形の名前は誰にも知らされないまま、誰も知らないまま全てが終わる。
end
『フランケンシュタイン』
老人=藍染。
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