あの夏空になげろよ眼球
線路際の空地は見渡す限り雑草が生い茂り腰が埋もれる程で、一歩踏み出すごとに虫が飛び出してくる。地肌が熱く湿って、陽炎が向こうの電柱を揺らしていた。眩暈がする程の暑さ、焼けた肌がひりついて、口の中は舌が上顎に張り付きそうなくらい干からびていた。喉が渇いて死にそうだと思いながら実際俺はここで死んだのだ。今は何も感じない。熱も喉の渇きも遠い記憶で、この体でそれらを感じることはない。
眼前に広がるのはあの時と同じ夏の野原で、青々と伸びた草や陽炎を眺めながらも、俺は汗一つかかないで遠い草いきれを夢の中のことのように思い出している。草を踏みつけ、あの時よりだいぶ広くなった歩幅で進んでいく。俺はまだ餓鬼だったのだ。暑くて喉が渇いて腹が空いて行くところがなくて、結局ここで野垂れ死んだ。強い陽射に眩暈がして草の中に倒れこんだら、もう立ち上がれなかった。視界いっぱいに広がった夏草が人としての最後の記憶で、今も報告のため眼球をえぐり出すたびにそれを思い出す。俺の瞳。これはあの色に染まってしまったようだ。太陽に蒸された青草が俺の目いっぱいに満ちて溢れて、流れだした。無駄に伸びゆくこの雑草と同じ色。
俺がこんな記憶を持っているのは多分、この眼のせいだ。本来ならば覚えてるはずはない。十刃の奴等でも、虚になる前のことは何も覚えてないように見える。覚えていたら、あんなふうには振る舞えないはずだ。生きたがったり強くなりたがったり地位を欲したり。命令にない行動や自分にとって不利益にしかならない言動を、プライドを守るため自分を誇示するため、自分の生きる目的を、自分の存在理由を求めて。紛い物の命で足掻いて足掻いて…しかしそれがどれだけ無意味か俺は知っている。本当の命を手にしてたあの時、人であった頃さえ、生きることに意味はなかったのだ。雑草と同じに。
あの頃もただ生きていた。今だって、不自然な命を与えられて動かされるまま、やはりただ生きている。生に意味などない。そんなのは、一度死ねば嫌というほどわかることだ。それを忘れているから、あいつはあんななんだろう。
遠い地響きに視線をずらすと、線路の向こうから電車がやってきている。轟音が近付き蝉の声が掻き消された。目の前を横切る瞬間、赤い車体が太陽を反射し目を刺した。思わず目をすがめる。通り過ぎたあとの強い風に草が波打ち、俺の髪が吹き飛ばされる。
遠ざかる小さな赤い電車を見送るうち風は収まり、蝉がまたうるさく喚きだす。髪が目にかかって鬱陶しいので首を振った。暑さを感じないまま汗もかかず、おそらく電車の乗客ただ一人にも認められない俺は、それでもここの風に髪を掻き回される。それでも俺はここにいるようだ。
おい、と不意に頭上から声が降ってきたのに顔を上げれば、背後の空に溶け込みそうな頭が見下ろしていた。お前いつまでそこにいんだよ。グリムジョーが不服そうに、藍染が呼んでると俺を呼んだ。藍染様だと訂正しながら隣りに並ぶ。あの人はいつだって見ている。こんなところで何してたんだと言って俺を見る、その瞳は髪と同じ色だ。しゃれこうべの空っぽの眼窩の向こうに、夏の空が覗いているみたいな。こいつは空を見て死んだのに違いない。別にと答えた言葉はまたやってきた電車にかき消される。隣りの青い髪が風をうけて崩れた。
end