打ち上げ花火下から見るか横から見るか


黒い空に極彩色の火が散った。残像で少し明るい空からはぱらぱらはぜるような音がして、あちこちで玉屋鍵屋と声があがった。ざわつく足下の人間たちは数メートル頭上にいる俺には気付かないし、そこに紛れ込んだ浦原喜助はこっちの出方を窺ってるのか動きを見せない。慎重な奴で良かった。もとよりなにもする気はないので俺は無視しつづける。


俺にこれを教えたのは井上織姫だ。いつか虚圏の空を見上げて、ここからは見えませんねと残念そうに言ったのだ。向こうでは花火というものがあって、それは空中で火花を散らせたもので、夏にだけ見られるもので、鮮やかな光が花みたいに夜空に咲いてそれはきれいなのだという。俺はわからないまま、そうかとだけ答えた。


どん、と低い音が響いてまた大きな光の筋が描かれる。どこかで子どもがきれい!と歓声をあげた。あれは牡丹だ。その次は引先菊。
そういうのは学習したから知っていて、だけど俺はその美しさを知らない。今まさに目の前にしてさえ。それは俺になんの感情ももたらさない。意味をなさない。


意味の無いことが多いというのは特に困ることではないが、ただ、何かを選択する時のよるべがない。俺にとって世界はまんべんなく均一なのだ。だから創造主の命令をきくのは楽でいい。考えなくて済むし、それに俺にも生存本能はあって、下手に彼に逆らうとあっさり切り捨てられ死んだり惨い目にあうことは実際目にしてわかっているから諾々と従う。


俺はそんななので、グリムジョーほど不可解な存在はいないと思っている。腕を切り落とされてさえまだ反抗しようとするのだ。下らないと思うのだけど、おそらくあいつは俺にはわからないものに俺にはわからない意味を持ってるのだろう。それは言葉にするなら誇りかもしれないし意地かもしれない。本当に忠誠かもしれないしどれでもないかもしれない。どのみち俺にはわからないことだ。

ただ、だから、グリムジョーは俺の平坦で均一な世界で異質なのだった。それは俺に行動させるほどの意味は持たず、のっぺりとした壁を撫でて指先にふと感じるとっかかりのようなものでしかない。 はずだったのだけど。


紅い光。紫。青。打ち上げられ流れ落ちる金色の光。美しいのだろうか。


瞼を閉じ空に穴を開ける。浦原が身構える気配がしたが瞳には映さないようにしてすべりこんだ。最後にもう一度上を見上げたら今までで一番大きなのが上がって、空のそこだけが一瞬真昼のように明るくなる。人は一瞬息をのみ、感嘆の溜め息をついた。
きれいだねぇ、足下から聞こえた言葉に少しだけ安心して、俺はその世界をあとにする。







虚圏の長い廊下を歩きながら瞼裏の残像をみる。美しいのだろうか。
あいつには、わかるのだろうか。


グリムジョーは痛みや死をも無視して動くから、そうさせるものを持ってるなら、だったらこれもわかるかもしれないと思うのだ。俺には無意味なことでも。


白い廊下の先、盛大に顔をしかめて俺を睨みつけるグリムジョーに近付いて、まだちらちら光の残る目玉をえぐる。おい、と驚いたように声をあげる奴の手をこじあけて無理矢理に握らせた。お前にやろう。俺より少し大きな手はなんだか熱い。怪訝な顔のグリムジョーを置いて、俺は自営のほうへ歩き出す。空の眼窩の奥で再生しはじめた眼球がうずいた。きれいだといい。





end





ないと思うけどグリムジョーの誕生日を祝うこころもちで
奴はきっと夏生まれ という妄想