赤と緑の朝と夜
今日はクリスマスなので僕は部屋を片付けている。散乱した洗濯物を洗濯機に投
げ込んで本を本棚に詰めて、入り切らないぶんはビニール紐で縛ってまとめる。
大学のプリント類は最初選り分けてたけど、面倒になって結局全部ゴミ袋に詰めた。朝から始めて、床板が見えて来る頃にはもう陽が沈みかけていたが、まあぎりぎ
り間に合うだろう。サンタは毎年真夜中にしか来ないのだし。
部屋の掃除が終わったら次は買い物だ。豆腐と糸蒟蒻と肉。あと卵。それからア
ルコールとつまみをたくさんカゴに入れていく。僕は今年で二十歳になった。未
成年で飲酒するような奴にプレゼントはやれん、とうるさく言われてたので我慢
していたけど、あいつも今年は文句は言わないだろう。サンタがうちに来るように
なって10数年、父さんが死んだ年からのことだから、もう15年か。我ながらよく我慢したものだ。今日は思う存分飲んでやる。
うちに毎年来るサンタは長い金髪の若い男で、イールフォルトという。15年前
のクリスマス、プレゼントを置いて出て行こうとしていたイールフォルトは、丁度トイレに起きたせいで鉢合わせしてしまった僕に自分がサンタだということを白状すると、もしばらしたら罰が当たる酷い目にあう、と脅して走り去ろうとした。が、僕は遠ざかるその赤い服の背に大声で、次からは配達の最後に来て他の奴より特別なプレゼントを用意しておくようにと叫んだ。でないとどんな酷い目にあおうとサンタの正体をみんなにば
らしてやる、人相をネットで公開してやる、と逆に脅し返すと怯えたのか、サンタはそれから毎年、配達の最後に僕のうちに来るようになった。仕事終りのサンタと一緒に夕飯を食べて、プレゼントをもらい、そうして朝にはサンタは消えている。
そんなクリスマスがもう10年以上続いている。僕はお菓子売り場に向かい、あいつの好きなチョコレートやじじ臭い和菓子なんかをカゴに投げ込んでいった。
家に戻って料理の準備をする。今日はすき焼きだ。一人では食べられない献立な
ので、サンタの来るクリスマスにこれを作るのがもう定番となっていた。クリスマスケーキはサンタが買ってくる。大抵コンビニのケーキで、一度あ
れは苺の数が少ないからちゃんとしたケーキ屋で買ってこいと言ったところ、大喧嘩になった。イールフォルトは贅沢言うなクソガキと、子どもに夢を運ぶサンタクロースにあるまじ
き暴言を吐いていた。だから結局、あいつがちゃんとしたケーキ屋でケーキを買
ってきたのは、僕がクリスマスプレゼントにケーキを願った時だけだ。あの
時は、僕は死んだ父さんのお兄さんの奥さんのお姉さんのところで暮らしていて、いつ
も腹を空かせていたのだ。僕のいる物置小屋に忍び込んだサンタと食べたケ
ーキ。あれは本当、信じられないくらい美味しかったんだけど。サンタの仕事は
忙しいらしいが、ケーキの予約くらいしてくれてもいいと思う。
鍋の準備は出来た。あとはもう、つまらない特番でも見ながら待つしかない。テ
レビをつけるとちょっと古くさい感じの映画がやっていた。クリスマスの
話らしい。クリスマスが嫌いな、金持ちのくせに守銭奴な男が、精霊の少女にトー
スターを頭に投げ付けられて気を失っていた。けらけら笑うその子が同級生のチル
ッチに似ていてちょっと笑えた。
主人公の守銭奴の男は、クリスマスにあんまりいい思い出がなかったらしい。幼
い頃のクリスマスに父親から貰ったのは生肉だという。僕はちょっと笑って、生
肉ならいいじゃないかと思った。僕の父さんが僕にくれたもの…痛みとか呼吸困難とか?あと
は、今も消えない火傷の痕とか、嫌な臭いのする、気持ちの悪い、よくわからない変
なものとか。
まぶたをきつく閉じてそれを打ち消す。早く来てサンタさん、頭に浮かぶのは、子どもの頃一年中ずっと呟きつづけて癖になってしまった言葉だ。早く来いイールフォルト。
果たしてサンタはやって来た。日付の変わるぎりぎりだった。困惑したような顔
をして、もう何も欲しくないのか?と言った。僕は毎年、サンタから欲しいもの
をクリスマスのちょうど一週間前に駅の掲示板に書いて伝えるようにしていたが
、今年は何も書かなかったのだ。サンタはコンビニのものではないケーキの箱を
下げている。なんだ、やれば出来るんじゃないか。
「僕今年で二十歳になったんだ。成人祝いもかねて、特別なものを要求してもいいだろ?」
サンタはちょっと顔を引きつらせて、まさか車とかシステムキッチンとか言わな
いよな、と言った。ちなみに去年のプレゼントはプラズマテレビで一昨年は洗濯
機だ。その手もあったなと一瞬思って、だけど、今年の要求はもうずっと前
から決めてたことだった。
僕が今年は兄さんがいい、と言うと、イールフォルトが、顔を強張らせた。それはお互いが、暗黙のうちに封印してた言葉だったから。なんで今更そんなこと言うんだと馬鹿がと言って兄さんが俯いた。それがお前のためなのに。だけど、それは本当は、兄さんが勝手に決めたことだ。
「兄さん、兄さんが思うよりも、僕は色んなことがわかってたんだよ」
例えば父さんが僕にしていたこと。例えば兄さんがしたこと。兄さんが
自分のせいで僕が親戚中を盥回しにされたと思っていることも、プレゼントがその償いのつもりなことも。そしてあの時、サンタのふりをして逃げようとした兄さんが、二度と僕の前に現れないつもりでいたことも。
しかし本当に悪いのは、母さんに引き取られて平和に暮らしてた兄さんに、一度でも助けを求めた僕のほうということを、兄さんはわかっていない。そのせいで兄さんが。兄さんは。
「戻ってきて兄さん」
気付いたら、あの時助けてほしくて言ったのと同じ言葉を口にしていた。15年前のクリスマスを思い出す。逃げていく兄さんの、小さいサンタクロースみたいな赤い服。兄さんは赤が嫌い。赤い兄さんなんてあの時ただ一度だけだ。赤い赤い、父さんが、穴のたくさん空いた腹から流していた、その血と同じ赤い色の。穴だらけの父さん
。
あれが、僕が人生最初にもらったクリスマスプレゼントだった。
僕のためにと逃げる兄さんを、だけど僕は逃がさなかった。あのままじゃ二度と会えないと思ったから。兄さんじゃなくても会いたかったから。一年に一度でも良かったから。 だけどこれからは。
兄さんは僕を見て、お前人殺しの弟だぞ、と言った。僕は黙って見返
していた。
しばらく睨みあっていたあと、兄さんは小さく息を吐くと靴を脱いで部屋に入り、鍋の隣りにケーキの箱を置くと炬燵に脚を突っ込んだ。そして、今日は飲む、吐くまで飲んでやる、とやけくそのように言って、さっさと用意しろカスとまた僕を睨みつけてきた。僕は調子乗るなカスとかなんとか言って、冷蔵庫から缶ビールを両手いっぱいに取り出して炬燵の脇にごろごろ転がし、これが人生最後のクリスマスプレゼントでも全然構わない、などと考えている。
あ、ちょっと兄さんチャンネル変えないでよ見てんだから。
end
やっつけすぎて私にも何がなんだかよくわからない
とりあえずメリークリスマス(って言っておく)!!