「リュウノスケ、腕を怪我してしまいました」
「えっ、わっ……うわぁすげぇ、あと皮一枚じゃんCOOL! しかもすげー血! 旦那ってば自分の血まですっごくキレイなんだね!」
「そんなに褒められると少し気恥ずかしいですねぇ。しかしリュウノスケ、腕がないと、もう魔術もCOOLも貴方にお見せできません」
「え、マジ? やだそんなの。どうしよ旦那、どうすればいい? 俺、なんかできることない? イケニエいる? 何人殺す? 幼稚園いっことかじゃ足りない?」
「大変楽しそうですがそれはまた今度に。それよりもリュウノスケ、あなたの腕をいただけませんか? そうすれば万事解決です」
「俺の? そんなでいいの?」
「ええ、ただあなたの狩りやアートに若干支障が出るかもしれませんが……」
「そんなの旦那と一緒にやるなら、俺が持ってても旦那が持っててもおんなじでしょ? あげる。使って使って!」
この日龍之介は両腕を差し出した。
「リュウノスケ、脚をやられてしまいました」
「また潰したねぇ、どしたの? ぺたんこになっても旦那の骨、おっきくてかっこいいねぇ」
「ありがとうございます。それより、これではそちらの作業台に背が届きません」
「ああ、そだね。うーん、旦那と一緒にアートできないなんてつまんないな。ねえ、俺のでよければもらってくれない?」
「それではあなたが届きませんよ?」
「旦那よりは軽いし、脚両方なきゃ台の上に直接乗っても大丈夫でしょ。それか旦那がおんぶか抱っこして。だからほら、あげるよ」
この日龍之介は両脚を差し出した。
「リュウノスケ、目が潰れてしまいました」
「えーーーーー! 俺旦那の目玉ちょう超好きなのに! もったいねー!」
「嬉しいことを仰いますね。落胆するあなたの顔が見れなくて残念です」
「旦那ぁ、俺なんかのでよければだけど、使う? 俺別に片目あればいいし、ああでも両目ないと遠近感だめだっけ? そしたら両方あげるからさ」
「それではリュウノスケが」
「どうせ俺たち見るものは一緒だろ? なにも変わらないって。俺の目に、COOLなもの全部映してあげてね。ほら旦那手ぇ貸して。こっちが左でこれが右の目。ここが俺の目の場所。さあえぐってよ」
この日龍之介は両目を差し出した。
「リュウノスケ、舌を火傷してしまいました」
「あちゃー大丈夫? あれ辛いよね」
「自分でお茶を淹れようとして、失敗したのです」
「旦那猫舌だもんね。俺やってあげらんなくてごめんね」
「いいえリュウノスケ。ただ、」
「ああうん、いいよ。俺のあげる。美味しいものあったら、親鳥みたいに、旦那の口で俺にも食べさせてね」
この日龍之介は舌を差し出した。
「リュウノスケ、耳が潰れてしまいました」
この日龍之介は大きく頷いて、耳を差し出した。
「リュウノスケ、あなたのからだ全部、内側までも、すべて欲しい」
強く抱きしめられ、肌を撫でられて、その指先に相手の要望を汲み取って、目も耳もきかない龍之介はこの日、舌もないのでただにっこり笑んで頷いて、残りの体のすべてを差し出した。
身体の内と外がひっくり返るような苦痛のなか、吐き気をこらえ顔を青褪めさせながらも、相手の腕にすっぽり収まって余りある小さな体を震わせ、その肌を擦り寄せた。
ぱっと、急に視界が開けた。わ、と声が出てそれが聞こえる。
地下の僅かな光でさえ久しぶりでひどく眩しく、思わずかばった腕がある。
見下ろせば床を踏みしめる、自分の脚も二本並んできちんと生えている。
顔をあげれば前と変わらぬ姿の旦那が微笑んでいた。
腕も旦那の腕が繋がっているし、ローブをめくれば旦那の脚が潰れず生えているし、大きな目も耳も口も、旦那自身のものに違いない。俺は自分の顔に手をやって、あるべきパーツがそれぞれあるべき場所に収まっているのを確認して、首を傾げた。
「あれ旦那、もういいの?」
「はい。腕も脚も、目も耳も他も全部治りましたので」
「そっかぁ、よかったね旦那! あ、でもこれ別に、わざわざ返してくれなくてもよかったのに」
「まあ、そう言わずに。腕二本でやるより四本でやるほうが、出来ることも増えるでしょう」
「それもそっか。じゃあせっかくだし、今日は久しぶりにこの腕で直接やってみようかな」
「そうなさい」
そうするー! とはしゃいで駆け出す俺の背後で、旦那が機嫌のいい声で「ああ、これで完璧だ」と言ったようだけど、あまり気にせず俺は檻のほうへと向かう。旦那は一人呟き続けている。
「リュウノスケ。いつかあなたの魂が、神の御前で裁かれる日が来るでしょう。そのとき私は証言台に立ち、あなたが日々平然と私の前に積み重ねてきた奇跡のような献身を、ひとつひとつ、どれだけかかってもすべて語り尽くしましょう。我ら以外には理解できぬ類のものもあるでしょうが、あなたの今度の献身、肉体すべてをやすやすと捧げたその自己犠牲は、誰の目にも明らかに尊く、神聖な光に満ちて伝わることでしょう。リュウノスケ、あなたはきっと救われる……」
子どものたくさん詰まった檻の前で、どの子からにしようか物色しながら、さっき聞こえないふりをした旦那の言葉を思い返す。献身とか自己犠牲とか。大袈裟だし、そんなじゃないよっていくら言っても旦那は聞かないから、俺はもう何にも言わないことにしている。
今度のだって、腕とか脚とか、無償であげてた訳じゃないのに旦那は何故だか気付かない。旦那と一緒にいるなら、旦那のとこにあっても同じだと、「ならば」あげると、旦那とずっと一緒にいることと引き換えにあげてただけなのに。あんなの、ただのギブアンドテイクだ。むしろ、旦那が証明したがってるよくわからない何かのために旦那が自分で自分の目や脚を潰して、治癒魔術についてもいつ指摘されるか冷や冷やしながら黙っているのに、旦那かわいいなぁ、なんてほくほくしてた俺のほうにテイクが多い。
がんばって言い訳を考えたり、つまんない嘘ついたりなんて、しないでいいのに。俺は旦那にそれが本当に必要か、とかそんなのはどうでもよくて、ただ旦那が欲しいと言っている、大事なのはそれだけだ。旦那が欲しがってるもので、俺があげられるものなら喜び勇んであのひとの前に全部並べる。今回のだって、ほんと、ただそんだけの話なんだけどな。
わっかんねー人だよなぁ、いいけどさぁ。
節をつけて歌うみたいにぼやきながら、俺は旦那の魔術で大人しくしている子どもの手を引く。やっぱこれすごい、と自分の手首の腕輪を見下ろしてから、俺はあれ? と首を傾げた。選んだその子をいったん檻に戻して、改めて自分の腕に視線を落とす。うーん? と腕を伸ばして手を広げ、ひらりと反転させて爪の先までじっと眺める。なんだか、きれいになっていた。
以前メスでうっかり切ったり、女や子どもの爪で引っ掛かれた細かい傷跡が消えている。あったはずのささくれ一つさえ今は跡形もない。滑らかな指の先には、女のように磨かれ、整えられた爪。ふと肌に鼻を寄せると、さまざまな香油の混じった甘く酔いそうな香りがした。肌はなめらかに手入れされ、もう一方の腕もそれは同じで、香りだけが少し違って清潔な花みたいな香りがした。
ぱちぱち瞬くと、瞼の裏になにか、明るい残像がちらつく。そういえばさっきからずっと眩しい。とても色鮮やかな、例えば生きたまま開いたその瞬間の処女の腹腔、恐怖に脈打つその臓腑をいくつもいくつも、ずっと眺め続けてでもいたみたいに、両の目の中で赤い残像がちかちかときらめいている。耳の奥にいまだ響いて残るのは重なり合う悲鳴と絶叫、それにも掻き消されない低い子守唄。旦那の歌う声。思いついて靴を脱ぎ、裸足になって見てみれば足の先、手のひらと同じに整えられた爪には、攫ってきた買い物帰りの女の持ち物か少女のおもちゃか、目の醒めるような鮮やかな濃紺色がムラだらけに塗られていて、さすがに声をあげて笑ってしまった。向こうにいる旦那に聞こえないよう慌てて口を押さえ、くつくつ声を殺して笑う俺の口の中が甘い。旦那にあげて戻ってきた舌は、長い間蜂蜜にでも漬けられていたようにそれ自体がとても甘たるくって、息をするたび蜜と花の香りが鼻腔へと抜けていく。
とうとう耐えきれなくなって、俺は両手で自分の体をぎゅう、と力いっぱい抱きしめて笑い出す。
俺に、そんなつもりはないけれど。
だけどもし、旦那の言うとおりだとして。そうだとしても。
旦那が憐れがって救いを願う、俺が、そんな存在だとしても。
捧げる先の、その人自身の手によって清められ、念入りに手入れされ、飾られて、めいっぱい愛でられる。
世界中探したって、俺以上幸福な生贄なんてきっと絶対見つからない。