何を考えてるの、と弟が尋ねて、あんたと暮らした十八年間について、と答えた。
ふうん、とあまり興味なさそうな声で呟いて、龍之介は私の頬になにか小さく柔らかなものを押し付けた。見えないけどわかる。同じくらいの大きさ、感触のものが、さっき口の中に押し込まれた。歯で潰しかけ、えずきながら吐き出して、自分の脚の間に転がっていった半壊したそれを、残っていた左目だけで見た。今龍之介の手の中にある、私の頬の肉で潰れかけているのがそのあと抉られた左目だろうと思う。なんにせよ両目のない私にはもう本当のところはわからない。

「十八年間、思い返してどうだった?」
「普通。あんたと私は別段すごく仲がいいって訳でもなかった。悪くもなかったけど」
「小さい頃はよく遊んでもらってたけどね。この年の姉と弟なら、こんなもんだろうね」
「だけどあんたが異常なのは知ってた」
「あ、そうなの?」

イジョーって、なんかすごい言葉だねと笑いながら、龍之介の身体が離れていった。支えをなくした眼球は私の頬に視神経らしいものをべたりと絡ませて、しばらくもたついたあと裸の胸の上を転がってどこかに行ってしまった。私の目。とても大事だったのに。もう絵も花も見れないし、映画を楽しむことも叶わない。凡庸な容姿のなかでもこの瞳と髪だけは綺麗だとよく褒められた。それらはもうぜんぶ、この頭のおかしい肉親によって奪われてしまった。
がちゃがちゃ音をたてて何かを探る音がしている。龍之介が漁っているのは、実姉の中身を暴くこのまたとない機会のために、慌てて家中からかき集めた凶器の山。次は何を使おうか、うきうきしながら選んでいる気配がする。私の脚の腱を切ったのは鋏、手を潰したのは金槌、腹は包丁で開かれ、眼球はグレープフルーツ用のスプーンで。座り込んだ腰から下がお湯に浸かってでもいるみたいに重たく濡れそぼっている。私の血だと思う。痛みはもうほとんど麻痺して、ただ、とても寒い。

「あれ、姉ちゃーん? まだ寝ないでよー? ってか、まだ生きてる?」
「……もう死なせて」
「あ、よかった。まだ大丈夫だね。イヤイヤそんなこと言わずにさ、もうちょっと付き合ってよ、ね? 俺こんなに楽しいの初めてなんだ」

初めて聞く喜色に満ちた弟の声色に、そうなんでしょうね、と思うけれど、声を出すのもいい加減億劫だった。これでも最初は、散々叫んで、吐いて、暴れて、泣いて命乞いさえしたけれど、今はもう、早く終われ早く、としか思えない。ただしぶとく残る意識の中で、どうしてこうなったんだろうと考えていた。課題提出の資料を取りに帰るためだけとはいえ、両親の旅行中に帰省したのがまず悪かった。夏休みにふらりと戻って来てしまったから、私が実家にいることを、大学の友人もこっちの知り合いも、この弟以外、誰も知らない。助けは来ない。玄関を開けて出迎えたのが弟一人きりだった、あの時感じた嫌な予感に正しく従って、そのまま踵を返し駅まで走るべきだった。いつだって私は、この子と二人きりになるのを避けていたはずなのに。私は知っていたのに。父も母もきっと知らないはずの、この弟の異常さに、私だけは気付いていたはずなのに。

「ねぇ、気付いてたって、本当? 俺だってよくわかっていなかったのに?」

だったらすごい、と全然信じてない様子で龍之介がケラケラ笑う。頭が勝手に前に傾いで、多分髪を引かれてるんだろう。手入れしてきた私の長い髪がこれから何をされるのか、抜かれるか焼かれるか、けどどうせもう見えないんだし、どうでもいい。そう思っていたら、龍之介は血で濡れていたあの指に少し絡ませただけで、すぐに離したようだった。重たい頭をまた壁にもたせかけて、いつから弟を避け始めていたかを思い出そうとした。
いつから。
一体、いつからだろう。弟が付き合う女の子が、誰であれ皆どこかしら怪我をしていることに気付いてからだろうか。包帯やギブスをはめた腕を大切そうに支えて歩いていた弟が、彼女らの傷が癒える頃にはけろりと冷めて別れてしまうことを、知ってからだろうか。それとも学校帰り、見ず知らずの他人の葬式にふらりと参列する制服姿の弟を見たときか。それよりもっと前、車に轢かれたばかりの猫の死体を一心に見つめていた、あの好奇心に輝く幼い瞳を目の当たりにしたときだろうか。そのときとまったく同じ目で、指の先から血を滴らせる私の傷口を食い入るように見つめていたときだろうか。それともやはり、子どもらしいふっくらした自分自身の腹を、工作用のハサミで開こうとするのを血の気の引く思いで止めたときだろうか。自分の中身が見たいと言って泣く弟に心底途方に暮れた、あのとき。それとも、もしかすると一番遠い記憶、帰ってこない弟を迎えに行った公園で、一心に砂利を数えていた小さな後姿を見たときすでに、私は気付いていたのかもしれない。小さな体でおねえちゃんおねえちゃん、と私についてまわっては短い腕で裾を引いてきた、あんな頃に、本当はすでに。この弟は私と違う、家族の誰とも、自分の知る人間の誰とも違う、奇妙な怪物だということを、あんな最初のうちから、わかっていたのかもしれない。

不意に、龍之介の指先が私の瞼のあたりに触れて、目がなくても涙は出るんだね、と言った。
おそらくは血と涙の両方で濡れた指先をつと頬まで滑り下ろす。さっきまでのはしゃいだ調子の消えた静かな口調は、だけど憐れんでいるのでも、感傷に浸っているのでもない、ひたすら冷静な観察者の声だ。それがわかって、私の萎えた瞼からまた、たらりと涙が溢れたらしかった。龍之介の細い指が瞼に戻ってそれを拭った。

「姉ちゃん、悲しいの? 今、どんな気持ち?」

ねえ? と好奇心を隠しもしないで尋ねる弟が、憎い。殺してやりたいくらいに憎くてたまらない。私はもっと生きたかった。もう何も見えずとも触れられずともまだ、まだ生きていたい。死にたくない。こんな気持ちで、と、そう思ったとき、私は自分の涙の源に不意に気が付いた。弟が憎い、けれどそれよりは、言われた通り悲しみに近くて、それよりもさみしい。さみしくて、悲しくて、憎くて、そうして何故だか、どこか満たされていた。心はなんだか得体の知れない感情に満ちてすみずみまで温かく、ひたひたになっていて、そこから涙が流れ出していた。

「……龍之介は私の気持ちが知りたいの?」
「知りたい。死ぬ間際はどんな気分なのか、実の弟に殺されるのはどんな気持ちがするのか。ねえ教えてよ」
「どうして」
「そりゃこんな機会二度と、」
「違う、そうじゃない。どうしてわからないの? なんでそれをあんたが聞くの。なんでわかんないの」
「姉ちゃん?」
「あんたが私を刺したとき、叫ばなかった私を、あんたはわからないのね」

あの瞬間、私の心に起こった出来事を、この弟は恐らく一生理解できない。そう思うとひどくむなしくて、みじめで、辛く、弟が妬ましく、同時に、哀れに思えた。今この時、私のこの身を満たすのは痛みと苦しみだけではないからだ。
あの瞬間、刃を振りかざす弟の目に、焦げるような切実な好奇心と、弟が生まれて初めて、真実生きることに歓喜する色を見た。それで、あの一瞬だけ、けれど二度と取り返しのつかないあの一瞬に、私は弟の喜びを祝福し、その全てを許してしまった。私はあえて、叫ばなかった。私の腹に食い込み横に切り裂く弟の狂気を、受け入れてしまった。
きっとあれは発作のようなものなのだ。慌てて声をあげかけた口はもうふさがれて、それからはどれだけ叫ぼうとも、往来に届くほどの音にはとてもならなかった。後悔している、けれど、自分でどうにかできるものでもない。それはあの最悪のタイミングで私にやって来て、治まったあとも私の中に留まり、満たして、空っぽの眼窩から溢れ出ている。

「龍之介。私はあんたをずっとどこかで避けていたし、あんたも家族に興味が薄かった。だけどそうじゃなくても、たくさん話し合っていたとしても、やっぱり仲良くはならなかったと思う。あんたのこういう嗜好を抜きにしても価値観が離れすぎているし、服も食事の趣味も全然合わないし、髪の毛オレンジとか並んで歩きたくないし、普段の気のない口調もあんまり好きじゃなかったけど、今のあんたみたいな饒舌な男はもっと嫌い」
「はは、ひでー言われよう」
「……それでも、同じことを他人に言われたら腹が立った」

やる気がない根性がない、なんに対しても無気力のつまらない、だらしのない奴と、弟の同級生たちが呆れ、両親までもが嘆いていたのを、全く知らないわけでもないだろう。私の友人さえ、あんたの弟って全然喋らないのねと、苦笑交じりにそう言った。そのたび、自分が貶されでもしたかのような反発を覚えた。皆が言うのと同じことを私だって思っていたのに、それ以外の得体の知れない不安さえ感じていたのに、私は弟を、自分の内側に置いてしまっていた。かばうべき、守るべき者だと、そんなもの弟自身は微塵も求めちゃいないのに、私だって、そんなの嫌なのに、いつの間にか頭と体が勝手にすっかりそう信じこんでいた。
多分これは、家族ならば仕方のないことなんだろう。それがどんなに小さく些細なものでも、温かな記憶のひとつさえあれば、家族は家族のために理不尽な空間を自分の中に生み出し、明け渡してしまう。望まずとも、求められずとも、相手のすべてを許してしまう部分を、自分の中に抱えこんでしまう。少なくとも私はそうだった。
これまで、この子のために生きてきたわけなんかじゃ決してないのに、あのとき私を襲った衝動は弟のためだけのその一部分をいっぱいまで押し広げ、他をすべてを私の外に追いやった。あの、弟に対する発作的な全肯定の、全許容の衝動のせいで、今の私が愛せるのはもうこの弟だけだ。私を慕う過去の小さな弟のせいで、こんなやりきれない、そのくせ温かな気持ちで、私は自分の死を迎えねばならない。

「……こんなにされても私、今の楽しそうなあんたをみんなに見せてやりたいって思う。馬鹿でしょう。あんたみたいなやつ、弟でもなければ口もきかない、近づきもしない人種だけど、けど弟なんだもの。だからもう、愛するより他にないの」
「うーん……わっかんないなぁ」

弟が不満げな声をあげて、それからかつんと、何か固いものが歯にあてられた。それが下に滑り下ろされ、冷たく尖ったものが、舌の先にぷつりと突きつけられる。アイスピックだよ姉ちゃん、と龍之介が言った。黙っていたら、焦れたように凶器が舌から離れていって、私の顔の横で勢いをつけるようにぶん、と振られた。

「ねえ、ほんとは怖いんでしょ? さっきまであんなに痛い痛いぃって処女のよがり声みたいな悲鳴あげてたじゃん。なに冷静ぶってんの」
「やめてそういうの。最低」
「うん、その調子」
「……龍之介、百万回殺したいくらいあんたが憎い」
「はは、いいね」
「けど愛してる。死ぬほど憎い、私のかわいい大事な弟。だから、死ぬ前にめいっぱい祈ってあげる」
「……何を」

声をぐんと低くした弟に、私は最後の気力を振り絞って笑みを浮かべてみせる。震えの止まらない重い腕を持ち上げ、弟のいるあたりに潰れた手を伸ばす。恐ろしくて心底憎い、私のあの一瞬の、愛の発作のためにここにある罪から逃れ得るだろう、未来を生き続ける気の狂った怪物に向けて。血反吐混じりの最後の吐息に、奪われた残りの一生分の祈りをこめる。どうか。










「……『どうかあんたが死ぬ時には今の私と同じ気持ちで満たされますように』ってさぁ、言われたんだよね」
「例の、リュウノスケのお姉さまですか」
「うんそう、姉ちゃん」

女の生首を手の中で弄ぶ俺を横目に、旦那は関節じゃないところで折れ曲がった子どもの脚を片手に抱えたまま、気のない返事をした。お互いそれぞれに性欲処理を終えた後で、重たるい倦怠感が暗い工房に漂っていた。少し臭う。
女の長い髪に指を絡め、そのまま手慰みに手櫛で梳いていくうちに、五年前に殺した姉を思い出したのだ。髪と一緒にこめかみあたりの皮膚が引かれ、目じりが下がると、人相が変わって姉に似る。濁り始めた眼球が開きかけた瞼から覗いていた。
髪から手を離し、両手で掲げた首を顔の前にかざして、生前してやったようにその弛緩した唇の隙間に自分の舌を捻じ込んでみる。女の口内に残る精液と血の生々しさと、それに勝る冷たい死臭に思わず微笑みながら、五年前、最後に喉を突いて絶命させた姉を思い出す。凶器を抜いたら血がたくさん溢れてきた姉の口に、あの時も俺は自分の唇を寄せたんだった。ありがとうありがとう俺にこんな素晴らしい楽しみを教えてくれてと、、あれは、感謝のキスだった。口いっぱいに広がる血の味が普通にまずく、気持ち悪かったが、吐き出さずにすべて残らず飲み込んだ。それは感謝ではなく、感傷や責任でも勿論なくて、俺の唾液と混じったそれは間違いなく証拠になるからだった。

「旦那ぁ、この子ちょっとだけ姉ちゃんに似てるかも。髪質なんか特に」
「髪の美しい方だったのですね」
「まあねぇ、でもとりあえず顔はこの子のほうが美人だったんじゃん? 姉ちゃん地味だったし」
「あまり仲がよろしくなかったのですか?」
「うーん、普通かな。姉ちゃんも言ってたよ。趣味も価値観も全然合わない、弟でもなきゃ近づかない……でも、弟だから愛してるんだって」
「はぁ」
「意味わかんないよね。俺のなにもかも、全部否定しか出来ないのに、弟ってだけでそれ全部覆して愛してるって? 家族愛ってそんなに有能? まあ、少なくとも俺はそれを持てなかったみたい」
「それはリュウノスケが正しいのですよ。彼女が愛してるのは弟という関係それだけであって、リュウノスケ自身ではないのですから」
「あー……ああ、そっかぁ。だからなんかずっと、気持ち悪かったのかなぁ。はーなるほど。ほんとずっと気になってたんだけど、いやぁさすが旦那だ」
「可哀想に。リュウノスケは肉親にすら貴方の本質を認められなかったのですね。そして相手のありのまま全てを許すことが愛の本質なのです。物事の本質に敏感な貴方には、価値観の相容れない家族からの形ばかりの愛ほど疎ましいものはなかったでしょう」
「うーん? いやでも姉ちゃんはあの時……ああ、そっか。あの時だけか。あの時だけは……」

俺はぶつぶつ言葉を続けながら、あんたにはわからないのね、と言った姉ちゃんの血と涙にまみれた顔を思い出す。汚れきったうえ眼球をくり抜いたせいで表情は読めない。けれど今なら、それがわかる気がした。本当にずっと、人を殺すたびに頭の隅に過ぎっていた不可解な姉の表情と言葉が今ようやくはっきりと焦点を結んだ。俺は嬉しくなって、やっぱ旦那はすげぇよ、と隣の旦那との距離を詰める。そうして長いローブにもたれかかろうとした時、急に旦那が立ち上がった。バランスを崩して手の中の生首ごと転げそうになりながら、呆気にとられて旦那? と声をかけたが、旦那は答えもせず暗闇の向こうに歩いていく。まっすぐに旦那の向かう先ではあの水晶球が淡く光り、そこに人影が映し出されている。

ああ、いつものあれか。
すっと、気持ちが急に冷えていった。旦那がジャンヌと呼ぶあの金髪の女に動きがあるたび、あの水晶にその姿が映し出される。そうすると、旦那にはもう俺の声も姿も届かなくなる。俺は透明になって、旦那の後ろ姿を黙って眺めるしか出来なくなってしまう。

「ああジャンヌ、我が聖処女……」
旦那のうつろな呟きが工房に反響する。俺はそれを聞きながら、旦那のさっき言っていたことを思い出す。
ありのまま全てを許すのが愛?
そんなら、旦那のやってるそれはなんなんだ。あの子がジャンヌじゃないのくらい後ろで覗いてるだけの俺にだってわかる。自分でアーサー王って言ってるし。それを聞かず、自分の信じたいものだけを彼女に押し付けている。愛。愛って、旦那。おいおい旦那ぁまたすげぇ面白いこと言うじゃんそりゃねぇよって、思わないでもないけど、まあ、別にそんなの、全然いいんだけどね。俺は旦那が間違ってようが狂ってようがなんにも気にしない。全然構わない。とにかくこの人についていくと、最初に会った時に強く決意して、その気持ちは今だって少しも揺らがない。俺は旦那が何を言おうと、何をしようと、逆に何ひとつしてくれなくとも、それでいいと思っている。虚飾も言い訳も欺瞞も一切ない、一欠けらも損なわれないままの、丸ごと全部の旦那こそが、俺の求める旦那だ。

そこまで考えて、あ、と俺は声をあげそうになる。
まさにこれが、「愛」なんじゃないだろうか?

気付いた瞬間、かあっと全身の体温が一気にあがって、それからまた急速に冷えていった。ああこれか、これが、と、何がともわからず、ただそんな言葉だけが不意に頭に浮かんだ。
俺は少し呆然としながら、水晶球を覗き込む旦那を見つめる。なるほど好きだ、と思った。いつもいつも、好きだなかっこいいなと思っていたけど、まさか、愛だったとは。いやはは、愛。愛とはね。この、俺が! そう笑い飛ばそうとして、だけどあんまり本当すぎて、顔から表情が失われていくのがわかった。心はどんどん凪いでいく。笑えない。楽しくないけど、不快でもない。静まっていく心は、それなのに何故だか満ち足りて、完成されていくように感じた。姉に少し似た首をぽとりと足元に転がして、俺は旦那の背に近づいていく。どうせ旦那には見えない、今は透明なんだからと好き放題に飛びついたりした背中が、今この瞬間も、当たり前みたいに恋しい。そっと背後に立ち、何故だか震えそうになる腕を不思議な気持ちで見つめながら、旦那のローブの背を引いた。旦那は気付かない。肌に触れもしないそんな接触にさえ喜びを感じる。それがとてもみじめだということは、わかる。寂しいような嬉しいような、悲しいような幸福なような、どれとも全く違うような、あらゆる感情が滅茶苦茶に通り過ぎたあとの、全部なくして、でも全部理解していて、全部で満ち足りているような、未知の感覚に支配されて俺は旦那の背を軽く引いたまま立ち尽くす。

ああこれだ、と俺は改めて思う。意味が言葉に、今ようやく追いついた。これなんだ。姉ちゃんが言っていたのは、これだったんだ。 最初の殺人からずっと俺の頭の隅に巣食い、耳元で囁き続けてきた理解できない呪文が、ここに来て初めて意味をなし、その効果を発揮し始める。

誰かを本当に愛する幸福と、それが一切報われず、省みられない虚しさの両方に押しつぶされそうになる胸の奥で、きっと、俺が死ぬとき、と俺は思う。ぼんやりと、けれど確信する。その時もきっと、こうやって、こんな気持ちで、俺はこのたまらなく恋しく愛しい、けれどけして俺を振り返ることはない、この人の後ろ姿を見送るんだろう。

姉ちゃん、俺の最初の女。幼い弟の記憶に腹を裂かれ、今の俺を産み落とした人殺しの母。
俺の生涯に寄り添い付きまとう、血の繋がった俺の魔女。あんたの呪いはきっと叶う。