「地獄は大人のテーマパーク」


子どもの頃からこの世のものではないものばかり見せられてきた。
子どもの頃死んだ曾じいさんは裏庭に今でもいるし、 通学路に立つ赤い着物の女の子は頭がいつも燃えていた。 学校に行けば僕の膝丈くらいの、紺色の肌の子どもが裸で 走り回っているし、バスの 優先席に座るお婆さんは、ほとんど骨だけの顔に蛆虫を たからせている。

けど、だからといって僕は自殺なんかしないのだ。 遠足で行った山の上で、友達みんなが新鮮な空気を吸ってる 隣で僕一人、硫黄と腐臭に喘がねばならなかった時も、 それで、変なの、と遠巻きにされた時も、 先生隣のその人およめさん? と聞いたら真っ青な顔して殴られた時も、 曾じいさんと話してるところを母親に見られて、泣きながら叱られた時も、 僕は誰のことも恨んだりしなかった。 僕は家族も友達も先生も、みんな好きだったし大事だったのだ。 嫌われても不気味に思われても そうやって接しているうち、何人かの優しい人たちは傍に残ってくれた。
僕を苦しめる、人ではないものたち。あんなものに僕は屈したりしない。 あんなものに、人生を破壊されて たまるか。負けてたまるか。ここは僕にとって生き辛い世界では あるかもしれない、けれど、僕はここを美しいと 思うことだってあるし、なにより僕はこの、自身の人生を愛しているのだ。

なあだから、僕は自殺なんかできないよ。
地獄に堕ちるようなことは、してやれないよ。
声に出して言うと、後ろから冷たい手が伸びてきて、 僕の目をふさいだ。「鬼男君、ひどい」

黄昏時の帰り道。丘から見える 空は赤と紫と黒が混じった色をしている。 沈む寸前の夕陽が鮮やかに照って、深い紫に染まる雲に、 オレンジ色の影を映していた。空のてっぺん辺りにはすでに夜の色で けれどその下の方の遠くの空は、まだ淡い水色を残している。 僕はそれを指と指の間から覗き見て、綺麗だなあ、とただ思う。 背後から僕の目をふさぐ手の平の力は弱い。

色のたくさん入り混じる夕焼け空を眺めるうちに、暗い気持ちは どこかに消えていった。今日は、校門を出る時にクラスメイトが、 幽霊見えるフリした痛い奴、の話をしていたのだった。 僕のことじゃないかもしれないし、そうじゃなくても、慣れていることだった 。別に気にしない。なんてことない。 思いながら、それでも腹のあたりが重たくて、気を抜くと手が震えそうになった。 それでもこんな空が見れるのなら、人生は悪くないもののように思える。 そう思える心でいられるのなら、きっとなにもかも大丈夫なのだ、と思う。 「だから、」と僕は言う。

「だからあんたのところには行ってやれないよ」
背後で閻魔が、泣いているような声で「ひどい」と言った。本当に泣いているのかもしれない。 夕焼けを眺める僕の目を両手でふさぎながら、「見ないで」と言って閻魔が 泣いている。こんな綺麗なもの見ないで、鬼男くん。

「ずっと待ってたのにひどい、こんなとこ捨てて早く地獄に戻ってきて鬼男君。 また一緒に働こうって約束したのに、ずっと一人で待ってたのになんで こんなところで普通の人間みたいに生きてるの。ひどい。早く、もっと 、悪行を積んで。盗んで、騙して、殺して、そうして地獄に堕ちてきてよ。 人をたくさん憎んで恨んで、悪い人間になって。 それが出来ないなら自殺して」

閻魔は今はもう完全に泣き声で、しゃくり上げながら僕の目をぎゅうぎゅう 押さえつけている。それでも閻魔の指と指の間からは、万華鏡を覗くように 美しい光景が見えるのだ。僕は閻魔が可哀相だと、心から思う。何故なら こんなことを言う閻魔がその 昔、化物におびえる幼い僕を守ってくれていたことを、覚えているからだ。 泣いている僕に「見ないフリしてれば害はないよ」と言って頭を撫でてくれたことを、 まわりに優しい人がいることを気付かせてくれたことを、覚えているからだった。 こんな風に恨み事を言う閻魔がその実、悪口を言われた僕を可哀相がって 泣いていることも、知っている。僕が人を憎んだり恨めないのはこいつのせいでもあるのだ。 地獄に堕ちろというくせに、こいつは僕が人を憎むと悲しそうな目をする。

「こんなところに、こんなふうに生まれて可哀相な鬼男君」
閻魔はそんな風に言うけど、僕はそんなふうに思わないし、なによりそれは 僕の名前ではない。こいつがいつも大切そうに語る地獄での思い出話を、僕は なんにも覚えていないのだ。ああ可哀相だな、と僕は思う。 可哀相な閻魔に僕は優しい言葉をかけてやりたいし、出来ることなら頭のひとつでも 撫でてやりたい。だけどそうした行為はきっととても鬼らしくなくて、 こいつと僕を遠ざけるものでしかなくて、だから結局 僕が何をしても、こいつの涙は止まらない。こいつのために出来ることが なにもない。

冷たく白い腕が目から離れて首のあたりにすがりついて、 空は美しく、この丘を下っていけば優しい家族が暖かい夕飯を用意してくれて いて辺りには微かに硫黄の臭いが漂う。閻魔の涙は止まらない。
僕は紫色に濃く染まり始めた空を見上げながら、ああ死んでしまいたいな、 死んでやりたいな、手を、とってやりたいなと、少しだけ、思った。





『コンスタンティン(悪魔→鬼なせいでいろいろおかしいことに)』