ふざける、わめく、殴られる、でまた騒いで、殴られる。
痛みを忘れたらまた
ふざけてわめいて殴られて騒いで忘れて殴られてのこの永遠ループから永遠に抜け出せない。
曽良君の苛ついた顔を私はぼんやりと眺めている。私はこの時の感覚が実は好きだったりする。
来るか来るかと身構えるときの、血の気の失せるような、汗の噴き出るような、引いていく
ような引きずり込まれるような浮いていく、ような。
曽良君の人殺しのような目にぞくぞくしている私を俯瞰している私。
私は高揚している。凪いでいる。
どちらにせよ、精神的に私は彼より優位に立っている(と考えることで貶められる自分の
自尊心を守ろうとしている)(と自覚する(ふりをする)ことで更に私は強くなる)
(弱いことが強さだと思っている)(防御こそが最大の攻撃だと思っている)
私が彼に負けることはない。
(そんな汚らしい考えを持つ自分に嫌悪している)(それによって私はまた弱くなる
(強くなる))(私は愚かな私を見下ろすことで愚かな私になり愚かな私から抜け出せない
私に本当は満足しているのかもしれない)本当は私こそが彼を貶めているのかもしれない。
私は地に伏し彼の脚を腹に受けている。
痛みに耐えながら埒もあかないことばかりぐるぐるぐるぐる考えている。
痛みを言い訳に方向性も終わりもないことを断片的に繋げて無理矢理思考のような
形にしている。感情も擦り切れて私は私から抜け出せない。
確かなのは私が愚かで汚いということ。
彼を好きだということ。
私は曽良君が好きなので一方的に虐げられるこの関係に本当は喜んでいるし
安堵している。ふざけてわめいて殴られて騒いで忘れて殴られてのこの永遠ループから永遠
に抜け出せない。全然構わない。それこそを求めている。
私は彼にどろどろに甘えている。
私のやることはほとんどみんな曽良君を怒らせる。怒らせることをわかっていて
やるのだ。わがままを、懲りずに繰り返す。どこまで許されるのか試している。
試し続ける。のは、彼といるとき常に不安に苛まれているからだ。彼のような
若くてきれいな人間に執着している。有能さに師であることも忘れて憧れている。
私を叱る唯一の存在にとても固執している。彼がいないと何も出来ない自分であることで
彼を留め置こうとしている。
鼻から血を流しながら泥で霞む目で曽良君の白い顔を見上げている。
曽良君はまったくの無表情で怒っているのか飽いているのかもわからない。
頻繁にしんどかった。これを続けることでは私の安寧は得られない。
私はどこまでいっても不安でみっともなく足掻いているだけのくせに
自分の僅かな矜持を保つための思考をやめられない醜い人間だった。
自己嫌悪と、
不安と、彼への好意(これを恋だというのはためらわれる)で私はもはや
満身創痍で彼からの暴力を受けている。
いっそ見捨ててくれたらいいのに、と思うこともあった。
この負の輪廻を断ち切れるのは彼しかいないのに。彼がこれに飽きてくれたら、
私を見限って捨ててくれたら、きっとそれは新たな苦しみの始まりかもしれないが
案外そっちのほうが楽になれるとも思うのだ。どうだろうか、曽良君。
はあっと大きく息を吐いて、彼が脚を下ろした。
立ちなさい、と言って足先で私の頭を小突くその声はなんだか疲れているように
思える。私はよろよろと体を起こし、荷物を持ってなんとか立ち上がった。
「遅い。さっさとして下さいよ。日が暮れます」
「ごめんね曽良君、でもちょっと待って、ほんと、ほんと痛い…」
彼の冷たい視線を受けて私は小さく安堵の溜息をつく。まだ見てくれている。
まだ続く。しかし彼はいつものようにすぐに背を向けるでも舌打ちするでも
なく、じっと私の顔を正面から見つめている。その目元に、はっきりとした
疲れが見える。
「痛いなら、僕なんか選ばなきゃよかったんです」
「曽良君?」
「嫌なら、さっさと見捨ててくれませんか」
彼の顔は疲れきっている。満身創痍で疲労困憊な私と彼は互いにぼろぼろのまま
立ち尽くし、向き合い、見つめあってため息をつく。不毛な循環はまだまだ続く。
しかしそれで微かに起こる喜びもあるのだから、私たちは永遠に救われないまま
永遠にこの輪を巡り続ける。
(地獄のような)甘い関係