こうやって口を強く押さえ何度も何度も唾を飲み込み肩を揺らして
衝動をまぎらわせていないと叫んでしまいそうだ。気を抜けば暗い
劇場の隅で光る非常口のサインや映写機のまわる音に意識を飛ばし
そうになって、そのたび駄目だ駄目だと首をふり瞬きをして映画に
集中する。
スクリーンの向こうでは戦争。
男たちと異形が斬り合い殴り合い蹴り落として殺しあう。血飛沫
や肉片とんでゆく腕や吐瀉物がごちゃごちゃ画面いっぱいに広が
り古いスピーカーからは銃声と刀のぶつかりあう音と雄叫び嗚咽
に悲鳴悲鳴悲鳴、が雑音と一緒にとめどなく流れて鄙びた劇場に
反響し俺の頭をゆさぶり犯す。俺は手の甲に噛み付いて悲鳴をこ
らえる。ぎりぎり歯が食い込んで血の味が口中に広がっても俺は
手を離さないまま画面を凝視しつづける。ストーリーのない映画
はいつまでもいつまでも続き俺はいつの間にか泣いている。座席
の前のほうで誰かが、お前が泣くなと冷たく吐き捨てた。
映画館
の赤い座席の上で俺は膝をかかえ口に拳をつっこみ唾液と血と涙
をだらだら流しながらそれでも映画から目は逸らさない。喉元に
こみあげ零れそうになる悲鳴を飲み込み、雄叫び銃声刀の音悲鳴
泣き叫ぶ声と悲鳴と血潮の溢れて流れる音と断末魔に耳を澄まし
続ける。
急に音がやんで静かになる。
最後の一人が倒れて画面には山のような死体が積み上げられ、
それを背景にあいつらの首がさらし台の上にきれいに並べられていた。
静かな光景だった。時々風が流れてあいつらの血でかたまった髪の房
を揺らす。とても静かで、それは終わってしまった光景だった。なに
もかもが終わってしまった過去の忘れ去られるだけの光景を映写機は
しつこく投射し続ける。ざあざあ雨が降るような雑音と映写機のから
からまわる音だけが響き続ける。
首だけのあいつらは悲しげで不安そ
うな顔をでいつまでも俺を見つめているので俺はそれを目にしっかり
と焼き付けると立ち上がり、拳を口から引き抜きぐちゃぐちゃの顔を
拭って包帯を巻きなおして胸を張ってにやりと笑う。大丈夫なんの心
配もいらない。このままにはしておかない。お前らを終わった存在に
などしておかない。大丈夫だからな。そういうつもりで俺は煙管を咥
えていつものように不敵ににやりと、笑ってみせる。前方に座る観客が
一斉に振り返り俺を見た。大丈夫?
重い扉を開き外に出ると、明るすぎる夏の陽射に視界が一瞬真っ
白になる。目をすがめやり過ごすうち吐き気がこみあげてきたが
唾を飲み込んでやり過ごす。向かいのコンビニでは銀時がいまだ立
ち読みを続けている。
えづきが治まるまでそれを眺めていたら目
があって、銀時は少し目を丸くしたがすぐにいつもの死んだ魚の
ような目になり俺に、手招きをした。
冷たい水を浴びせられたよ
うな気がした。いけない。銀時の口が動いておそらくはこっちに
来れば?と言っているだろうことがわかって、俺は足早にそこを
立ち去る。大丈夫大丈夫と口の中で呟き続けながら俺は二度とこの道は
歩かないと決める。後悔も迷いもすべて捨てると決める。目的以外の何ものにも
惹かれないし揺れないし自分が可哀相などとは決して思わない。
遠ざかる映画館やコンビニだって絶対に振り返らない。俺は吐き気をこらえながら歩きつづける。
だって俺にはやらなければならないことがたくさんあるのだ。
夏の恐怖映画
20080722