去年の文化祭に高杉は自殺した。
片付けのあと教室で酒盛りをしてたらいきなり飛び降りたのだ。その場には俺の生徒がほとんど全員揃ってて、酔い潰れて寝て た奴を除いても十数人がそれを目の当たりにしてしまった。あの時、少し赤い顔 で泥酔した桂をからかっていた高杉は、突然もう行かなくちゃと言うと開け放して あった窓の向こうに飛び出したのだ。4階下に植えてある金木犀がばきばき音を 立てた。


それ以来俺たちのクラスはおかしくなってしまった。落ち着きをなくした。授業 中も席に着かず校舎をうろついたりする。今年の文化祭の準備が始まると更に酷くなった。急に泣き出したり吐いたりする。保健室に行く奴が増えた。こ れはいけない。これではいけない。ということで俺が動く訳だ。これも教師の仕 事なんだな。とにかく文化祭までに高杉を探さないといけない。俺たちがこのよ うに生きているのに高杉がいないはずがない。とりあえず俺は高杉の落ちた中庭に足を運ぶ。高杉の死体はクリスマス前のおもちゃ箱をひっくり返したみたいで 、赤を基調としたあれこれがあちこちに飛び散っていた。おぞましいぐちゃぐち ゃ。思い出して吐きそうになってなんとか耐える。思い通りにはならないぞ。

俺が金木犀のまわりを調べていたらいつの間にか土方が後ろに立っていて、何してんの、と聞いてきた。高杉を探しに行くんだと答えた俺に土方は、高杉は死んだんじゃなかったっけ先生と言う。「それより先生今日って何日だっけ」「10月30日で文化祭の前日だよ」「ああじゃあ明日は何日だっけ」 土方の胡乱な表情。急がねば、と俺は思う。


今思えば始まりも金木犀だったのだ。授業をさぼっては校舎をうろついたりと、妙な動きをするようになった高杉はある日、このオレンジの小花を髪に絡ませて3Zの教室に戻って来て、それ以来ぱたりと大人しくなったんだった。
その花の、噎せるくらい の芳香の中を俺は進む。金木犀の茂みの中。枝と葉のせいで、手も顔ももう傷だらけだ。ずっとずっと進んでそろそろその甘ったるい香りに吐き気を催してきた頃ようやく出口が見えてきて、茂みを抜けたら森の中。空は夜だ。さっき土方と話してた時は 真昼間だったのにいきなり真っ暗になっている。湿っぽい風が頬を撫でた。

遠くからがちゃがちゃした音楽と獣の咆哮と気違いの笑い声。音のほうへ走って走って 、森を抜けて、丘に立ち、見下ろした町はお祭の準備で楽しそうだ。踊る骸骨に歌う案山子、手長足長、膨んだ水死体、蝙蝠、黒猫、つぎはぎの女の子。異形たちがオレン ジの灯をともしてまわる。
なにしてるの先生、という懐かしい声に顔を上げたら 高杉が、両手いっぱいにジャックランタンを抱えて笑っていた。なにしてるの先生 ?ふざけんな。高杉の腕を乱暴に掴む。かぼちゃが高杉の手からこぼれて、げら げら笑いながら町のほうにごろごろ転がっていった。帰るぞ、というと高杉は嫌だとぬかしやがった。あんな狂ったとこもう嫌だ先生はいいの、耐えられるの。ふざけんなよ。


「おまえ自分が何したかわかってんのか」


たしかにここは単純で、おぞましいけど健全な世界だ。秋のこの祭りのためだけに生きるのはきっと楽しいことだろう。あそこじゃそうはいかないから。
そうだ確かに狂ってるねあそこは。あれは、日々の鬱憤を晴らすためのものでもあるから、あいつらはいらない勉強をして鬱憤を溜めなきゃならないし、それに3回しか参加できないことこそにその価値があるから、だから、あそこは酷くねじれて歪んでしまっているから。

だけど高杉お前は、ずっとあそこで生きてきたじゃないか。一人気付いたからって逃げるのか。壊すのか。


「…お前が死んだせいであいつら気付きだした」


去年の文化祭に高杉が自殺した。
去年の文化祭で3Zの仲間だった高杉が自殺した。
3年生の文化祭で高杉を亡くしたあいつらに今年また、文化祭がやってくる。高杉が目を伏せた。


「"去年"の文化祭なんて、意識するべきじゃないんだ。去年と今年の文化祭は同じじゃなきゃならない」


同じならすぐに忘れる。「3年最後の文化祭」が、何度訪れようと。
だから高杉の自殺した去年、なんてあってはならない。
高杉のいない今年、なんてのもあってはならない。
全ては元通りに。全てを元通りに。教師である俺の仕事だ。


先生なんでここってわかったの。高杉が震える声で言う。時期と、あの無駄に派手でグロい死体。4階から落ちたくらいで人はあんなんにならないし、ああいうのってここのお祭りっぽい、なんとなく。
高杉は顔を歪めて、俺はこっちに消えるだけで良かったのにここの奴らああしなきゃ来ちゃ駄目っていうんだ、と言うが俺は正直そんなのどうでもよくて、ただ高杉の手を引いて走り急がねば、と思う。胡乱な土方。大丈夫。気にするのが日付ならまだ大丈夫。あそこでも季節は巡るから。ただ、それが一年分しか用意されてないだけで。
高杉がうしろで泣いている。知るか。金木犀の匂いがだんだん強くなる。息が切れても速度は緩めずに走って走って高杉が本格的に泣き出すがうるせえ知るかっつってんだろ!あああ急がねば。明日は文化祭だ。「解放されたかったんだ」「解放してあげたかったんだ、先生も」泣いてる高杉の言うことなんて走る俺には聞こえないしわからないよ。甘ったるい匂いの中飛び込んで、帰ったら全部切り倒さなきゃなと考える。









end