ロキソニンと28日後の5日間
ブラウン管の中にゾンビが溢れて、それ以外の外人は逃げまわっている。
隠れて隠れて息を殺して、見つかったらチェーンソーを振り回して腐った血を頭から浴
びて、胃液を押さえながらひたすら逃げる逃げる。凄まじい恐怖の表情で。
で、こういうの見ると必ずもういっそゾンビの仲間になればとか言う奴がいるけど私には信じられない。私は最後まで人であり続けたいよ。それが人間の尊厳というものじゃないの、とかまあそれはいいや。暇潰しの思考は面倒臭くなってそこで終わる。
さっちゃんの持ってきたDVDはあんまり面白くない。新八は気持ち悪そうにしててゴリラは机に突っ伏して絶対に顔をあげようとしないけど姉御はに
こにこしてあらあらとか言いながら見てる。土方は自習時間は自習しろよ受験生
とか言って強がってるけど顔が青い、ということを退屈な私と沖田はこそこそ(で
も土方にちゃんと聞こえる声量で)話す。こういう時だけ私たちは結束するの
だ。あの野郎絶対今日の夕飯残しまさァ、と囁く(ふりをする)沖田に耳を近付け
ようと腰を浮かせたら股に嫌な感覚が。まったくチキンもいいとこアルなと言っ
て席を立つ。
ナプキン制服の内ポケットに入れておいてよかったと思った。
狭い個室の中、便器をまたぎながら天井を見上げる。今捨てたナプキンの赤黒い血に、初めて見た時のそれを思いだしている。つい三か月くらい前のことだ。大分遅い。クラスでも多分、私は最後だったろう。
全くあの時はショックだった。死にたいと思った。女になりたくなかったのだ。女に
なれば全てが変わると思っていたから。
下着をはいて壁にもたれる。お腹が少し痛いからまだ教室には戻りたくない。
足元の便器に沈殿する赤。それを今は、無感動に眺めることができる。はじめは忌々しくて直視できなかったのだけど。
汚物入れは使用済みのナプキン
でいっぱいだった。私以外にも現在進行形で血を流してる人がいるのは不思議な感じだ。皆股
に血を溜めて平気な顔で授業を受けたり笑ったりビデオを見たりしてるのだ。そ
れは凄まじい光景だが、今の私はぼんやりとそう思うだけで真の恐怖などはやっ
てこない。三か月前の私は経血におびえ自分がメスだということに寒気を覚え当
たり前のように5日間血を流し続けながら可愛らしく着飾る彼女たちに恐怖を感じたもの
だけど、もう慣れた。
なんで慣れてしまうんだろう。私もみんなもそれを当たり前のこととして受け入
れてるのはどういうことだろう。本当は間違ってるのかもしれない。恐怖するの
が正しいのかもしれない。一人取り残されてもあらがうべきだったのかもしれない。だけ
ど沖田は知っても変わらなかった(少なくともそう見せている)のに、それをはね
のけてまで違ってしまったと嘆くことは私には出来なかった。沖田は今でも手加
減せずに殴ってきて、私はそれが嬉しかったのだ。嬉しかったのにどこかで期待
もしてた私はそれを恥じなきゃならない。髪は引っ張られるんじゃなくて撫でら
れるんだったら、とか。そんなことは絶対に思っちゃならない。それが私に残さ
れた最後の美しさ、だと考える私はしかし今、自分が汚いと信じきれずにい
る。要はこれだってただの暇潰しの思考だ。
レバーを踏み付け水を流した。教室に戻るとまだ映画は続いてて、金髪の可愛ら
しい顔をした女の子が、私もういい、と言ってゾンビの群れに身を落とした。
「怖いからゾンビになりたいって思った人と、襲われて仕方なくなっちゃった人の
違いってどんなだと思うアルか」
聞いてみたら沖田は「ないんじゃない」と退屈そうに答えた。そうアルな、と私
もどうでもよさげに答える(ことができる)(これが女の獲得するあざとさというものだ)
end