僕らはわかりあえない。 花に囲まれ嘔吐するディオを見てある真理に至った。僕らは永遠にわかりあえな い。母さんが世話をしていた花咲き乱れる美しい庭にディオは膝をつき、咳 き込むことも息を乱すこともほとんどなく、ただその白い顔をもう少しだけ蒼褪 めさせて、嘔吐した。吐くのに慣れているように見えた。薔薇にかかる彼の胃液 には見覚えのある白いものが混じり、それが何か気付いて立ちすくむ僕を見上げ 、彼はありえないほど穏やかに、鮮やかに微笑んだのだった。 「なあ、また賭けをしようか 、ジョジョ」


僕らはわかりあえない。
珍しく僕にチェスで負けた彼の小遣いは、辞退はしたがすべ て僕に押し付けられたから、彼はいま一文無しのはずだった。だけど賭けをまた持ち掛 けるということは彼は金を手にしているということで、その出所を考えたとき、 それは彼の吐き出したものと容易に結び付いて僕の心を凍りつかせた。 彼は顔色を変えた僕を満足そうに見つめて、笑みを深くした。 「彼はこのためにわざとチェスに負けたのかもしれない」とうまく働かない頭で思った。 僕を凍りつかせるために。僕の情けない顔を見るためだけに。 そうして、僕らの違いを知らしめるために。僕らの 間に横たわる、永遠に埋まらない距離を見せつけるために。
僕には、そんなことをわざわざしてみせる彼 が本当にわからずとても恐ろしかった。怖いほどの寂しさなど初めて知った。僕は 何も言えないまま庭から逃げ出し、それから二度と彼と賭けをすることは なかった。彼もこの日の ことについて口にすることはなかったが、それでもあの光景は息苦しいまでの寂し さとともにたびたび脳裏に蘇った。褪せることもなく。いつまでも色濃く鮮やか なまま。 あたたかな陽射の差し込む明るい庭と、花に囲まれて美しく微笑む彼。噎せ返る ほどの花の匂いに混じる生臭さ。僕らはわかりあえない、悲しいほど絶望的に。





人をやめた彼が、ばらばらに崩れながら落ちていくのを見送った夜も、僕はその 光景を思い出していた。仲間たちと彼の死に祝杯を上げながらも、僕はその実やまない 寂しさの衝動に耐え続けていた。僕らは本当に、一時もわかりあえないまま終わ ってしまった。傷付け合うためだけに出会ったようだと思った。
その夜は傷の痛みでうまく眠れず、夢を見ながら半分目を覚まし 、灯を落とした部屋と、隣室の酒盛りの騒ぎを意識しているような状態だった。 あの美しい庭の悪夢を眺 めながら、僕はベッドの中でいつもの絶望的な寂しさに襲われていた。僕らはわ かりあえない。理解し合う機会は永遠に失われた。僕は寂しかった。 僕は、彼とわかりあいたかったのだ。

悲しい。
わかりあえないのが悲しいのは、努力が報われなかったからではなく、 ただただわかりあいたかったからだ。僕はディオのことを もっとちゃんと知りたかったし、理解したかった。彼にも 知って欲しかった。僕が、兄弟ができるのを喜んでいたことを 、本当は本当に、本当の兄弟に、親友なりたかったことなどを、わかって欲しかった。 報われない虚しさと悲しみの両を抱えて、けれど 僕は優しい愛しい人々に囲まれ。ディオだけが最期まで一人。 それで満足だったか、君。

「満足だとも」

夢の中の彼はあの日のまま少し幼く、地面に膝をついて口を胃液で濡らしていた 。彼が無造作に手折った赤い薔薇に、誰のものとも知れない精液が重たげに垂れ ている。ぱたりと地面に落ちる音が耳に響く。夢だとわかっているのに、真昼の 太陽に立ち上ぼるその臭気に僕の脚は震えはじめていた。
「お前に殺されようと 」
薔薇の刺で指に血を滲ませながら、彼は無邪気そうに首を傾げて微笑んでいる 。

「俺のためにお前が死ぬまで苦しむのなら俺はとても満足だ」



人が人を孤独にさせるという言葉は、人との交流で必ず起こる別れが人を孤独に させることだと思っていた。一人では味わうはずのなかった別れが、人に孤独をも たらすのだと思っていた。しかし、違うのだ。間違いではないが正解でもない。 僕は彼といるといつも寂しい気分になった。別れではない、共にあってすでに孤 独なのだ。触れるほどに遠ざかることを知るのだ。そばに寄るごとに孤独はいや ますのだ……ああ、なんて寂しさだ!

僕らはわかりあえない。彼と話すときぼくは寂しく、殴りあっても笑いあっても ただ寂しく、だというのに、別れた今は更に深い寂しさを抱えている。胸に棘が深く 突き刺さり、抜ける気配はない。誰といても何をしてもどれだけ満たされた気 持ちになっても、そこだけはいつまでも血を流し続けている。

「ああなんて顔だジョナサン。この期に及んでまだそんな、自分が傷付けられた みたいな顔をして。ふふ、やめとけよジョジョ、俺は楽しくなるばかりだよ…」

花に囲まれた少年の彼が声をあげて笑い、隣りの部屋では酒盛りが続いて 誰かのげらげら笑う声が頭に響く。 「なんて馬鹿なジョナサン!」


彼の死を祝う酒盛りは終わらない。部屋は闇に沈み 朝はまだ遠い。夢は続く。彼は腹を抱えてげらげら笑い続けている。




有る程の薔薇投げ入れよ棺の中

20091011