「肝心なのは笑顔と誠意」
おれの前でジョニィとDioが睨みあっている。ジョニィの
目の奥には例の漆黒の炎がちらちらしてるしDioの目もなんだか
爬虫類っぽい色に見えなくもない、のに、お互い口元には無邪気そうで
穏やかそうな微笑みを浮かべているのが余計怖い、つーか嫌だ。
すげえ陰湿だよこいつら。帰りたい。
おれは間を埋めるために水を何度も口に運びながら、
この席についてしまった不運を呪っていた。ジョニィは
面白くていい奴だがDioが絡むとこんな感じになる。
帰りたい。帰りたいが、ディオに気づかず頼んでしまった
注文がまだ運ばれてこない。
Dioはテーブルの上の肉を綺麗に切り分けていく。それを見てジョニィが
「すごい、マナー完璧なんだね。貧乏だったのに、頑張ったんだね」
とにこにこしながら言うものだからおれはぎょっとしてしまう。Dioは
顔色一つ変えずに(しかし、俺の席からは奴のこめかみが震えたのが見えた)
「そうだなあ」と頷いた。真っ赤なワインに口をつけ、
それをゆっくりとテーブルに戻すと、ジョニィに優しく微笑みかける。
「せっかくだから今度君にも教えてやるよ。椅子の左側から"着席"することとか」
隣の車椅子が、変なふうに軋んだ音を立てた。
おれはなんというか、うわあ、となって、さすがにこれはひでえなあ、
と思い横目でジョニィを
窺うと、ジョニィの笑みはますます深くなり無邪気っぽさを強めていた。
うわあ……
「ていうかおたく、なんなのその格好」
ジョニィがまた何かを言いかけて、おれは堪らず口を挟んだ。ジョニィが
不満げに顔を歪めるのが目の端に映ったが無視だ。おれは初めて見るスーツ姿の
Dioのほうにだけ目を向ける。
「見ての通りさ、昔の知り合いの葬式に出てきた」
Dioはグラスを傾け、なんだか気が抜けたように答えた。
喪服のディオは黒いネクタイを緩めるとまた馬鹿丁寧な動作で
肉を切り分け始める。しかしこいつまで不服そうな顔をするのは何故だ。
こいつと仲良くするつもりなど毛頭ないが、この険悪すぎる空気を少しでも
良いほうに、これから出てくる高い飯を楽しく、美味く食える雰囲気に持ってきたい
おれの努力は。理不尽だ。
とか思ってる間に、ジョニィがにやにやし出している。ああもう、知らん。
「その割には嬉しそうだね。また君が殺したの」
「お坊ちゃまのくせに冗談に品がないなあジョニィ」
冷たい目で口だけにこにこしながら返すDioは、確かに葬式帰りにしては、というより
常以上に高揚している様子だった。嬉しそうというよりは浮かれている感じで、
酔っているせいかもしれないが、おれにはそれが少しヤケ気味の浮かれ方に見えた。
そう言うと、Dioは肩をすくめて「あんまりみじめな葬儀だったからな」と言った。
「女房も子どもいないから、喪主は老けた弟が面倒臭そうにやっていた。参列者は
何人だったと思う? 5人だぜ、おれを入れて5人。しかも一人は借金取りで
、他の奴等も昔一緒に働いてただけの、付き合いの浅い連中さ。
途中で鼾をかきはじめた奴までいた。あんなみじめな葬式見たことない。
かわいそうになあ」
Dioはそう言ってくすくす笑った。いつも無関心そうな顔ばかりしているから、
多分こいつはその男のことが本当に嫌いだったのだろう、
と思われた。Dioはその男を自らの手で殺したかったのに違いない。
それをし損ねたからこんなに自嘲っぽく笑うのだ。
ジョニィに見せる紛い物だが完璧の笑みと違い、
ヤケと自虐の交るそれは醜く歪んでいたが本物だった。
おれはこいつの過去も事情も何にも知らないが、かつてジョニィが「飢えた」と
表現したこいつの性の根底にあるもの、その一端に触れたような気がして、
なんとなく言葉を返せず、黙っていた。隣りのジョニィも無言でいる。
ジョニィもおれと同じことを考えているのだろう、と思った矢先ジョニィは
ものすごく真剣な顔で「でも君の葬式はもっと少ないよ」と言った。Dioの
顔があからさまに歪んだ。
「なんでだよ」
「だって君家族いないし、どうせ友だちだっていないだろう」
「決めつけるな」
「じゃあいるのかい、友だち」
「下らない。そんなもの何の役に立つっていうんだ」
「いないんだな」
ジョニィがばっさり切り捨てると、Dioは絶句して顔を引き攣らせた。
慈愛に満ちたような顔をして「無理して強がるなよ。なんにも
恥ずかしいことじゃないぞ、友だちがいない…くらい…」と、そこまで言って
耐えかねたようにジョニィはゲラゲラ笑いだす。テーブル
をばんばん叩いてひいひい言っているジョニィについにDioがキレて
勢いよく立ち上がり、「じゃあお前は、」と怒鳴りかけたが、すぐに
口を閉じて忌々しげに舌を打った。ジョニィが手を叩いて喜びそうな勢いで
満面の笑みを浮かべる。Dioがおれを鋭く睨みつけた。おれかよ。
「僕かい? そうだなあ僕が死んだら、少なくともジャイロは来てくれる
だろうな。なにせ親友、だからね。ねえジャイロ!」
やっと運ばれてきたワインを飲んでいたおれは、話をふられて
仕方なしに顔を上げた。ジョニィはにこにこしているがやっぱり目が
笑っていない。ディオはすでにそっぽを向いている。
「そりゃ葬式くらいは…なあ?」
こんなはっきりしない言い方でもジョニィは満足したらしく、誇らしげな
表情でDioを見上げた。「ね? でも、君の葬式には一体誰が何人来るのかな」
Dioは黙ってジョニィを睨みつけると、何も聞こえなかったような顔をして
また肉を口に運び始める。ジョニィは調子にのって、ぺらぺらと喋り始めた。
「賭けてもいいけど、君の葬式なんて絶対5人も来ないだろうね。そもそもまともな
死に方しなさそうだし。まわり敵ばっかだもんねー。ほんと、閑散とした葬式が
目に浮かぶようだよ。ほら君が財産目当てで結婚した婆さんの血縁者とか? まだ
いるならだけど、そういう仕方なしに親戚になっちゃった奴が嫌々喪主やってさ、
で名前も覚えてないような昔の仕事関係者とかが一人か二人、義理で参列するだけなの。
うーわー寂しい! 可哀相! しかもそいつらすぐ帰っちゃうの。
夕食の準備や、犬の散歩や、君の悪口を肴に飲みに行くためなんかにね。
ああ本当に楽しみだな! 君が最後に一人ぼっちで教会に置き去りに
されたら、僕は腹を抱えて笑ってやるよ」
ジョニィの浮ついた声を右から左に聞き流していたおれはそこで「
ん?」となって、思わず口を開きかけたら、おれより前にDioが言った。
「つまり君は来るってことかい」
だよなあおれも思った。ディオは反射的に、という様子で聞き返したから
素の顔で、他意はないようだった。が、ジョニィは本当に思いもよらなかったらしく、
見事なまでに絶句した。Dioが呆気にとられた顔をし
昼食の席に妙な沈黙がおりる。…なんだこれは。
「ええと……俺だって、葬式くらいなら、Dioのも出るぞ」
口を挟んだおれにジョニィが「君は来ちゃダメ!」と顔を赤くして叫んだ。
なんだそれは。それはどっちだ、そっちか、そっちなのか。
怪訝な顔をするDioと、真っ赤な顔で混乱しているジョニィを横目におれは
ワインを煽り、「頼むから勝手にやってくれ」と溜息をつくのだった。
『ぼくの大切なともだち』