美術部でもないのに美術室に入り浸ってるのはテスト期間中は部活動が禁止にな
って部員も出入りせず無人になるからと、ここが学校の最上階に位置しているか
らだった。と説明
したら猿野は「それって馬鹿と煙はってそういうあれか」と言ってき
たので馬鹿涼しいからだよほら山とか山頂のほうが気温低いっしょ、と答えたと
ころたかだか4階建てで変わんねぇよばーか、ら、とか言いくさったが廊下の端に
独立してるここは他の教室と違って廊下側というのがなくて、教室の両
端が空にひらける馬鹿でかい窓になってて、両側の窓を開け放つと風が無茶苦茶入って
だいぶ涼しくなり、それを知ってから
は猿野もここに通うようになって俺はざまあみろという感じだった。ていうか部
外者のくせになに堂々と入ってき過ぎだった。別にどうでもいいが。
開いた窓から窓へ風が通り抜け、薄黄色のカーテンがばたばた大袈裟にはためい
ている。教室の後ろの壁に隙間なく張られた石膏のデッサン画も風を真横から受
けて飛んできそうになっていた。俺は腕から顔をあげてしばらくそういう美術室
のうるさく静かな状態をぼんやり眺めていた。寝起きで汗ばんだ顔に前髪が張り
付いて鬱陶しい。腕にくっついてくるノートをはがすと俺の汚い字が反転して写
っていた。最上階のこの階には美術室と書道室と音楽室しかなくて、これらはテ
スト期間中は誰も寄付かない教室だから要は、この階には俺しかいない。その下
の3階は1年の教室だけど今日のテストは午前中に終わってるから、今頃はほと
んどというか全員帰ってるはずだ。
風がこんなにもうるさいのにここはこんなにも静かなので俺は無闇に焦り始める。う
たた寝から目覚めた姿勢のまま固まって、カーテンが翻るのを何故か凝視している
。焦っているくせに俺は動けない。くせに、走りだしたいような気持ちもある。
開け放した窓の向こうには雲一つない青空が広がっているばかりで、その下にあ
るはずのグラウンドはここからじゃ見えない。
ひどく落ち着かないようでとても
落ち着いてもいる。この静けさは俺を焦らせるけど、それが何故だかもわからな
いけど、ただそれがどうにもならないことだということだけがわかっている。こ
ういうものなのだというあまりに漠然とした確信がある。
俺は一人でここは静かだ。
俺は立ち上がり背中側の窓を振り返る。パレットや水入れの並ぶ流し場の上で開
かれた窓から首を出せば住宅街が見下ろせる。真下には教員用の駐車場と校舎を
囲む植木
があって、そのもしゃもしゃした植木の向こうには白線の眩しい道路がありアス
ファルトがじりじりと、触ったら焼けそうな感じで見てると目の前が白くなって
いってそしてそこにもやっぱり誰もいない。と思った瞬間道路の角から茶色い塊が現れ
て横切っていった。猿野だった。
「さるの」
思わずあげた声は掠れて、真下を歩く猿野には聞こえなかったらしい。俺はもう
一度声をかけ直すことはしないで、4階分下に見える猿野の茶色い頭を黙って見
下ろしていた。頭が俺の視界の左から右へ移動して校舎の角で曲がり見えなくな
るまで俺はなんでか、ずっと見届けていた。そしてそれから椅子に座り直し汗で
滲んだノートを見下ろした時、俺はさっきまであった確信がほとんど消えている
ことに気付く。
漠然としているくせに直に触れそうなくらい確かに、間違いなく
存在したそれは今は無いに等しいほど薄れている。というか忘れている。なんだ
ったんだっけと考えてるうちに猿野がばたばた駆け込んできて、あああっちいい死
ぬまじでっていうか御柳…御柳何そ…ぶはっお前顔に字ぃ写ってるよすげー馬
鹿ヅラてかほんと字ー汚ねーよお前、げらげら、と喚き散らしたので結局あれは
思い出せないままになってしまった。
猿野は「ここすごい静かだな」と言いながら
デッサン画の隣りの窓を閉めている。そして振り返った猿野はにやにやした顔で
寂しかったの芭唐きゅん、と言ってきたのでノートの切れ端を丸
めて投げ付けた。猿野の頭に見事命中したそれはすぐさま投げ返されたが俺はし
っかりと受け止め、更に早く投げ返し、紙屑はいつの間にかデッサン用のプラスチ
ックのリンゴになってドッヂボールのようなキャッチボールのような遊びは続く
。テスト勉強は今日もできそうにない。
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20080814