他人の入学式くらいつまらないものはない。と思うのだけど、猿野は新入生の中から 可愛い子探したりとかあるだろうが!なめてんのか!とかなんとか言いつつ結局 野球部の勧誘活動を真面目にやったりしていた。女装がまじめかどうかはともかく。 女子新入生にふらふらせず、勧誘のほうに参加しているという点だけでも、 やっぱりあいつはなんだかんだ言って責任感みたいなものを 持ち合わせているらしい。少なくとも、華武の入学式をサボって そういう猿野を見物しに行ったり犬に喧嘩売ってた俺よりは。

それが去年のことで、今年の猿野は2学年下の後輩たちの入学式も 勧誘も放って俺と桜並木の続く土手を歩いていた。天気のいい日だ。 青い空に白い桜の花びらがよく映えて、きれいな、ほとんど安っぽく見えるくらいに 出来すぎた春の日だった。猿野は俺の数歩前で、髪に触れそうなくらい枝をたらした桜の樹を 見上げながら歩いている。そろそろ式が始まる時間だった。猿野、と呼びかけた俺に 振り返りもしないまま、猿野はなに、と普通の声で答える。俺はなんとなく 目をそらし、川のほうを見下ろした。朝の光がぎらぎら反射していて目が痛い。 猿野。もう一度言うと、猿野は変わらない調子で、うんとかああとか言ったらしい。

「お前いいの、入学式」「俺のじゃねーし」「勧誘とか」「まあ俺一人いなくても なんとかなるだろ。ていうかなに、お前はいいわけ」「俺はいいっしょ」「ああまあ」

普段からさぼってると得だな、と言って猿野は笑ったようだ。学ランの黒い袖が目の端で 動いて、視線を戻すと、猿野は頭上の花をひとつむしって指先でまわしはじめた。 俺はまた川のほうに視線を落とす。光は変わらず俺の目を刺すのでそのうち頭がぐらぐら してきた。暖かい日だ。桜並木はどこまでも続いて果てが全然みえない。猿野が珍しく 黙っているので、俺も黙ったまま歩き続けている。なんだか眠たかった。

猿野は手の中の花をいじり続けている。さるのー、と俺は言ったが、なんとなく呼んだ だけで意味はなかった。それに眠い。満開の桜は延々と続いていて、その下の 猿野の髪と肩はとても規則的に揺れている。川は蛇行もせず まっすぐに穏やかに流れて俺の目をくらませる。変わらない風景と強い光に俺は ますますぼんやりしてくる。川を見るのをやめて、猿野の指先でくるくる回る花を見ていたら 余計そうなった。猿、と言いかけて、俺はうっすら嫌な気持ちになっていることに気がついた。 それで「それ、花、やめたら」と言った。猿野が振り返って俺を見て、それから初めて 気づいたかのような顔で、手の中の花を見下ろした。「ああ」と猿野は かすかに納得したような表情になったが、俺は別に意味はなかった。 漠然と、回避した気配を感じていた。俺がだ。何をだ。

「かわいそうだろ」
適当にそう答えると、猿野はしばらく眩しそうな顔で俺を 見て、もう一度ああ、と言った。それから川のほうに体をむけ、手すりに 手をかけて、花を落とした。丁度よく風がおこり、花は川のほうへ飛ばされていく。 川はやっぱりまぶしいが、腰をかがめて角度を変えればそうでもなかった。 猿野が「ああ、花筏」と言った。見れば、川の岸近くに白い影が浮かんでいて、 川に散った花びらがかたまって流れていくのがそう見えるのだった。 それを花筏と呼ぶということを、俺は去年、猿野から聞いた。

青ペンキの剥がれかけた手すりに体重を預けながら、俺は、どうしてだか、 猿野に入学式をさぼった理由を聞けずにいる。「去年はあんだけはしゃいでて 何で今年はでねぇの」と、口に出す直前で、俺はなんとなく口を閉じてしまう。 猿野が隣で、あったけー、と呟いて手すりにずるずるともたれかかった。 手すりは胸くらいの高さで、猿野はそれに両腕をぜんぶかけている。そして 足をぶらぶらさせている。

背後の、坂の上のほうから、大勢のはしゃいだ気配が下ってくる。入学式 が終わったらしい。猿野の後輩になる奴等がもうじきここまでやってきて、 入学式をさぼって他校のガラの悪そうな 奴とだらだら花見なんかしてる先輩らしきこいつを見て、嫌な気分になったり なんとも思わなかったりするのだろうと思った。猿野はぼんやりした顔で 川を見下ろしている。桜の間からさした陽が猿野の顔にまだら模様を つくっていた。白い花びらがちらちら降って川のほうへ飛ばされていく。

「あったけー。ここで寝てえー」

そう言って、俺も猿野の真似をしようとしてぶらさがったが、身長が違うので胸のあたり が押しつぶされて息苦しかった。背後ががやがやと騒がしい。 俺達は今年で三年生になる。


















20080920