308号室(花柘榴) ※銀土高さち





ノックの音にドアを開けたら眼鏡をかけたメイドが立っていて、土方という客室 係が来ていないかと尋ねる。さっきルームサービスの軽食を運んできたのが確か そんな名前だったから、そう答えると、今そこにはいませんかと言う。

「もう帰ったよ」
「本当ですか」
「本当だよ」
「おかしいわ」
「なにが」
「ならいつここに来るのでしょうか」
「どうして俺がそれを知ってるんだ。しばらくルームサービスを頼むつもりはな いし」

メイドは俺をじっと見つめて、ではここで待っていましょう、と言う。なんとも いえずいやな気持ちになったのでメイドの目の前でドアを閉めた。ベッドに横に なり昼寝をしようと思ったがどうも落ち着かない。気分を変えるため外に出たい 気もしたが、あのメイドが本当にドアの向こうに立っていたらと思うと、気が失 せた。そうやってぼんやりしているとさっきの客室係がまたやってきて、ルーム サービスです、と言う。

「頼んだかな」
「ええ確かにお頼みになりました」
「ならいいが、それよりドアの前にメイドはいなかったか。お前を尋ねてきたみ たいだが」
「さあ、存じ上げません」

土方という客室係は眉ひとつ動かさず、手慣れた柔らかい手つきで仕事をしてい る。真っ黒の髪と、横から見る鼻から顎にかけての線が綺麗なので感心した。持 ってきた酒を勧めてみたが勤務中だからといって固辞して、一滴も飲まないまま 帰っていったが、すれ違う制服からは煙草の臭いがした。

手酌で飲んでいると段々酔いがまわってきて、ベッドに突っ伏しているとドアが ノックされた。無視していたが坂田様坂田様と何度も呼ぶので、仕方なく起き上 がりドアスコープを覗く。ドアの前には片方に眼帯をした従業員が立っていて、 もう決めたかどうかを頻りに問いただしてくる。「もうすこし待ってくれ」と言 うと、眼帯の男は少し考えるような素振をして、なるだけ早く頼みますと言って 去っていった。

ベッドに戻ろうとするとぼそぼそと人の喋り声がして、みると今まで気付かなか った襖があるので、そこから聞こえてくるようだった。襖を開けると六畳ほどの 和室で、眼鏡をかけたメイドと土方が正座で向かいあい何か話していた。何を喋 っているのかは全くわからなかったが、メイドはずっと責めるような口調で土方 はただ俯いてそれを聞いているようだった。見てはいけない気がして襖をそっと 閉じ、また一人で酒を飲んでいると土方が出てきた。

「話は終わったの」
「ええ。お酒もう一本持ってきましょうか」
「それはいいが、そっちはいいのか。あまり良い話しあいではなかったようだけど」
「そうですね。でも大丈夫です」
「本当にか」
「本当を言うと、ここは彼女の持ち場なのです。だからあの人は俺に、もうここへ来 てはいけないと言うのですが、だけど、俺はここに来たいのです。それはいいこと ですか」
「よくわからないけど、いいんじゃないか。来ればいいし、ずっといてもいい」
「そうすると彼女がここに来れなくなります」
「しょうがないよ」

そう言うと土方は眉を寄せ、怒ったようにも見える顔でありがとうございますと 頭を下げた。そうして土方が部屋を出ていってしまうと、することが何もなくな ってしまったので、今度こそ昼寝をしようとベッドに潜りこんだ。


目が覚めると窓の外はもう真っ暗になっていて、雨がぽたぽた降っている。灰色 に烟る窓を眺めていたらふと気配を感じ、ドアに近付いて小さな穴から廊下を覗 いてみるとメイドが首を吊っていた。対面の白い壁のどこかにわざわざ釘を打っ て、それに制服のリボンを引っ掛けて死んでいるようだ。青味がかった長い髪が 垂れ下がって顔は見えない。足元にひび割れた眼鏡が落ちていて、隣りでは眼帯 の従業員がメイドを見上げていた。

ベッドのほうに戻ると襖の部屋がなかった。変な気がしたが、多分シングルの部 屋に和室がついているほうが間違いなのだろう。横になるとドアがノックされて、 「一度くらい彼女を選んでやってくれよ」と言われた。それは似てはいるが眼帯 の男の声だから、やっぱり土方はどこにもいない。