214号室(二本榎) ※古キョン(涼宮ハルヒの憂鬱)





俺が目を開いているのを見て、


「起きていたのですか、そうですか、知っているのですか。まあ仕方ありませんね。 じっとそうしていて下さい。起き出してはいけません」


と言った。そうして俺の枕許に、膝を抱えて座りこんだ。

「とうとうやってきた。全部やってきた。これでいい。もういい」

隣で長く、溜め息をつくような声がした。

「あなたには済まなかったけれど、仕方がないんです。自分でも上手くないと思 いますよ。あまりに杜撰だ。ミステリーは好きですが、これからは、やはり読む だけにとどめましょう。完全犯罪など僕の手には余ります。 ところであなたはいつ目を覚ましたんです。何か聞こえたんですか。僕が出て行 く時はよく眠っていると思ったのですが、それにあなたは疲れているでしょう。 楽しい合宿でしたからね。ホテルに着いてからも、あなたは彼女たちの荷物運び やらお使いやら罰ゲームやら、ひっぱりだこでしたし。そうそう、昼間は手伝え なくて申し訳ありませんでした。僕も出来ることならあなたに手を貸したかった のですが、あなた一人にやらせろとの団長命令でしたし、それに僕もあなたには 疲れておいていて欲しかったのです。まあ失敗しましたが。本当にすみません。 起こすつもりなど、本当になかったんです。なんて顔してるんです。大丈夫です。 どうかそんな顔をしないで下さい。あなたに何もしやしません。するはずがない。 ああ喉が乾いてしまった」

立ち上がって、何か飲みにでも行くのかと思ったら、窓を開けて外を見ている。

「雨がまだ降っていますね。おや庭に、木の下に誰かいる。あれは、ああそうか」

そう言って窓を閉めるとまた戻ってきて、枕元に座り込んだ。右を下に寝ている 片身が痛くなったので、腹這いになろうと布団の中で身体を動かしかけると、急 に慌てた声で言った。

「駄目だ駄目だ、駄目です。まだ、起きてはいけません。お願いですから、どう か夜明けまで、そうして寝ていて下さい。僕もそれまでこうして動きませんから。 お願いします。もう会うことはない。最後ですから、どうか終わりまで話を聞い ていて下さい」

身動ぎを抑えじっとしていると、安心したのか落ち着いたいつもの調子で話しだ した。

「あたなは絶対に許さないでしょうね。でもこれは僕にとって自殺なのです。あ の三人を殺して代わりに僕が生きるというのではない。どちらにせよ僕は死ぬよ りなかった。生きていけないように仕向けられて、黙って死んだのでは黙って殺 されたのと同じだと思って、だから思いきってやってしまった。本当はここでも なかったし、今でもなかった。だけどもうこれ以上は無理だったのです。 知っていますか、知らないでしょう。あなたはゆるさないでしょうがあなたのせい でもあるのですよ。いや、あなたがいけない。元凶はあなただ…知らないでしょう。 僕はあなたを何よりも憎んでいます。あなたは優しかった。どこまでも優しかっ た。誰に対しても、どこまでも平等だった。それがどうしてもゆるせなかったの です。知らなかったでしょう。あなた、どうしてあんなにも易々と、彼女たちを 受け入れてしまったのです。宇宙人と未来人と神とを、あなたはどこまでも、長 門有希と朝比奈みくると涼宮ハルヒとしてみていましたね。そして超能力者とし てでなく、古泉一樹として僕と接して下さっていた。嬉しかった。有り難いこと です、ああこんなんじゃ全然言い足りないな。 ずっと思っていた。泣きそうなくらい有り難かった。救われていた。死にたくて、 世の中をひねてしか見れなくなくなっていて、悲観ばかりして全てを諦めていた。 だけどあなたに会って、僕は死ねなくなった。あなたがいる世界は美しかった。 肯定するしかなかった。いろんなものが、諦められなくなっていたんです。 どうしてこうなったんでしょう。僕はあの三人を殺しました。あなたが眠るのを 見届けてから隣りの部屋に忍び込んで、眠る彼女たちを殺したのです。あなたが 起きていたなら、いえ違いますね、いずれにせよこうなっていたでしょう。
本当は、あなたは悪くない。なにも悪くない。彼女たちも悪くない。彼女たちも 優しかった。三人とも不器用で、だけどとてもとても優しかった。あなたが彼女 たちを無条件に慈しんだように、彼女たちもあなたを、多分誰より想っていた。 それに彼女たちは僕のことも、認めて下さっていた。彼女たちは悪くない。何も 悪くない。だけど僕だって、本当は悪くないはずだった。あなたが。あなたがあ んなふうにみんなを、受け入れなかったら。違う、これも違う。誰も悪くない。 だけどそれよりもっと悪くないのが彼女たちだ。そしてそれ以上に、もっともっと 悪くないのが、あなただ。逆かな。とにかく、やはり僕一人が少しだけ悪いのです。 あなたに期待しすぎた。あなたを欲しがりすぎた。だから、もう、あなたか彼女た ちか、僕か、どれかが消えなけければならなかったのです。知らなかったでしょう。 もう一つ白状すれば、この告白も、あなたに僕を忘れさせないための、浅ましい行為 なんですよ。本当は何も言わず出ていくつもりだった。あなたには、何も知らないま ま幸せになってほしいと、そう願うのもまた事実です。それが出来ないからやっぱり 僕が悪いのでしょうね。ほら、夜が明けるようだ」

また起き上がって、窓を開けた。湿った風が吹き込んで枕のあたりがひやひやし た。古泉は、すぐに戻ってこないで自分の鞄を探すと、親指くらいの丸くて赤い 石を持って来た。昼間皆でまわった露店で見つけて、安かったから冗談のつもり で、お前にそっくりだと言って古泉にやったものだった。そしてこいつは馬鹿み たいに曇りなく笑い、ありがとうございます、なんて言って、俺を白けさせたの だ。古泉は枕元に座り直して、それを俺の手に握らせた。

「僕の今一番の宝物です。持っていて下さい。もうじき夜が明けます。雨も止みま したよ」

それから「ちょっと」と言いながら、俺の寝床に近付き、足から先に這入って来 た。驚いて起きようとする俺の身体を押さえつけるようにして、自分の顔を俺に 押しつけ、片手で俺の腰を抱き締めた。そうして、押さえつけた口の中で、


「それではさようなら。本当に、さようなら」


と言ったと思うと、急に手の力を抜いて、布団から這い出ると立ち上がり、その まま部屋を出て行った。廊下を歩く足音がしばらく聞こえていたが、そのうち聞 こえなくなった。開け放されたままの窓の向こうから、やたらに鳥が騒ぐ声が聞 こえた。俺は手のぬくもりで温かくなった石を見つめて、身動ぎも出来なかった。 夜が明ける。