蜥蜴(銀土)
俺は銀時を連れて見世物を見に行った。歌舞伎町から少し逸れた、寂れた商店街
を長い間歩いている。だだっぴろいアーケードには空き缶だの束ねた新聞だの、
いらないものばかりが転がっている。道の脇の溝が酷く臭くて、汚水が底を這う
ように流れていた。水のあたらない側面に誰かの反吐が乾いてこびりついていて
、その横を灰色のとかげが静かに流されていった。
銀時は黙って隣りを歩いている。普段はこいつのほうが俺を連れ出すのに、今日
はなんだかやたら渋っていた。怖いのかもしれない。さっきまでずっと、本当に
行くのか、とか、俺は別にいいけど土方はいいのか、というようなことをぐずぐ
ず言っていた。俺が「そんなに怖いならせっかくだし万屋の餓鬼もつれてくる
か」と言うと、こいつは「それは駄目だ」とはじめてはっきり言って、それから
は何も言わず俺についてきた。だけど俺は今になって少し後悔しはじめている。
だけど銀時はもう黙って歩いているし、天気も急に悪くなってきたから、それは
もう言い出せなかった。
見世物はアーケードの脇道にあって、小さな演芸場みたいなところでやっている
のだった。大きな幟がたくさんあがって、毒々しい色彩で血塗れの男が獣に腹を
食い千切られているのが描かれていた。
中は満員だった。入ってすぐ目の前に舞台の横があって、その手前が桟敷になっ
ている。どの席も人で埋まっていたので、俺と銀時は一番後ろの、一番高くなっ
ている席に座り込んだ。薄い座布団からはみ出た足に荒れた筵の藁があたって痛
かった。銀時はまた、やっぱり帰らないか、と言いはじめている。そうなると俺
はなんだか見たい気になったので、無視して舞台のほうに目をうつした。舞台に
は何もなく、薄暗い奥のほうを、男が灯りを持って横切っていった。不意にどこ
かで、ごうごうという響きが聞こえた。雷かと思ったら、今度は奥から聞こえた
ので見世物の獣が吼えたらしかった。銀時が俺の手を強く握りしめた。怖いのだ
ろう。俺は少し可哀相になって、大丈夫だというつもりで握り返してやった。銀
時の手は冷たく汗ばんでいた。
舞台の上に男が四、五人出てきて、忙しそうに動きまわった。俺たちは手をつな
いで、固唾を呑んでそれを見つめていた。男がみんないなくなると、奥から大き
な檻が押され出てきた。檻の中には大きな白い獣が蹲っていた。毛が長くて、熊
なのだか虎なのだかもよくわからない。犬のようにも見えた。獣は横をむいてじ
っとしている。舞台の上で男たちは獣を檻から出そうとしているらしい。俺は嫌
な汗をかいてきた。反対に銀時の手は冷たく、乾いていくようだった。
そうして、獣が檻から出された。男たちは白い獣に首輪をはめて、両側につけた
鎖を二人がかりで左右に引っ張り、どこにも行けないようにしていた。銀時は俺
の手を強く握っている。舞台に出された獣はごうごう吼えると、体をおおきく震
わせて男をなぎ払った。男たちは舞台の袖に飛んでいってそれきりだった。他の
男たちが出て来て、獣をとり押さえようとしだした。俺はもう我慢が出来なくな
り、立ち上がろうとしたら銀時が俺の手を強く引いて、いつものやる気のなさそ
うな顔で「なんで帰るの」と言った。銀時の手は強く俺は一歩も動けない。
「なあお前はどうして帰るんだ」
銀時の言葉はおかしいと俺は思う。銀時はわからない目で俺を見上げて手を離し
てくれない。舞台のほうを振り返ると白い獣が男の裸の脇腹を咥えていた。白い
腹から血が溢れて舞台の上に線を描いていた。
見物人はいつの間にかみんないなくなっていて、広々とした桟敷に座布団があち
こちへ散らかってるのが酷く淋しい気がした。舞台から悲鳴して、また一人あの
白い獣に喰い殺されているのだった。俺は腕を無理矢理引いて、銀時を置いて逃
げようと思った。銀時の冷えて乾いた手から離れると、俺は桟敷を駆け降りた。
舞台では獣が、男の柔らかそうな体をどこかに放り投げたりしている。みんな死
んでとても静かだった。
急に後ろから、銀時が俺の首と腹に掴みかかってきた。そうやって俺を軽々と抱
き上げると、「お前はまだなんにもわかってないんだな」と言った。優しい声で。
銀時は俺を抱えたまま舞台のほうへゆっくりと歩き出す。俺は恐ろしくてたまら
なくて、もがいたけれど、銀時は俺の首にしっかりと腕をまわしているのでどう
しようもない。白い獣がもう目の前に迫っている。あまりに大きくて、顔をあげ
ないと全部見えないくらいだった。銀時がやっぱり優しい声で「俺がこれから教
えてあげるよ」と言う。そのとき、俺は獣の美しいのにようやく気づいた。気づ
いたら目が離せなくなった。もう恐ろしくはなかった。
美しい獣と銀時の声を聞きながら、こんなことが前にもあった、と思った。
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